“「拝啓 人事部長殿」~就職氷河期の中で~”
ベンチャー企業の育つ土壌とは~「大学時代」の有効利用
水野由香里(聖心女子大学文学部)
一、はじめに
日本が構造的転換を迫られ始めたのはバブル経済が崩壊し、従来の日本型経営の在り方に多くの経営者が疑問を抱いたことからであった。アメリカの状況を見ても明白であるように、将来の経済を担うのは新規産業への参入であるという認識が生まれた。そこで台頭したのがベンチャー企業の育成である。ベンチャー企業への投資は「日本経済の活性化」を意味していた。しかし開業率より廃業率が高いこれらの企業に対する投資は、元金の保証に重点をおいている銀行などのシステムやリスクを回避しようとする経済体質のもとにおいて容易ではない。一方、アメリカでは、ベンチャー企業への積極的投資により、コンパックやマイクロソフトなどのベンチャー企業が育ったのである。この相違の源はどこにあるのであろうか。そこで本稿では数多くのベンチャー企業を育てたアメリカの土壌やシステムを分析するとともに、日本において新規産業が育ちにくい根源はどこにあるのかを探ってみたい。
二、ベンチャーブーム
日本において過去二度のベンチャーブームが発生した。第一次ブームは一九七九年代からであり、医療機器やコンピューター関連業界を中心として起こった。しかしこれらの企業は、第一次石油危機により大きな打撃を受け、下火になっていった。第二次ブームは一九八〇年代においてである。ここでは製造業よりも流通・サービス関連の企業が起こった。同時に、エレクトロニクスやバイオテクノロジーといった高付加価値商品に取り組むベンチャー企業も増加した。当時、金融が緩和状態になっていたことも足枷となって(注1)投資が企業の実力を超過する場合も多く見られた。この潮流のなかで実力を超えた投資を受けていた多くのベンチャー企業は倒産し「ベンチャー冬の時代」といわれるに至ったのである。そこで今回は、一九九四年を境として第三次ブームが起こった。規制緩和の論議の台頭により,ビジネスチャンスが発生したからである。つまり、規制緩和の動きが新規産業への進出を可能にしたのである。第三次ブームは過去とは様相を異にし、新規産業のみならず、中小企業の事業主に対しても支援することにある。また、政府や自治体、民間企業までも社内制度を充実させることにより資金調達を行おうとしている。いわばベンチャーのインフラ整備とも言うべき財政基盤が充実しつつあるといえよう。
一方、アメリカのベンチャー形態を参考にするとNASDAQの第二店頭株取引に参加するエンジェルと呼ばれる企業家の存在が顕著である。彼らは、すでに起業家として成功を遂げた人々であり、後の起業家を育てるべく支援をしているのである。この活動を容易にする第一の要因として、日本に比べて所得税の累進税率が低いことが上げられる。そのため、彼らの資金の一部をリスクキャピタルとして運用することが可能となる。また、彼らは資金面の投資にとどまらず、投資した企業経営の管理や調査も手懸けている。つまり事業経験の足りない起業家を経験豊富なベンチャーキャピタリストが後から支え、濃密な関係を築いているのである。よって投資先は空間的にも至近距離である必要がある。地理的にも投資地域が集中しているのはこのためである。これがアメリカのベンチャー企業を支える大きな後ろ盾となっている。
ではその起業家を育てる土壌はどこにあるのか。その際、投資先を考えてみると、投資が多いのはカリフォルニアかニューハンプシャー、マサチューセッツなどの州が挙げられる。これらの土地にはハーバード、MIT、スタンフォードなどの技術系に強い大学の名が連ねている。つまり、起業家養成の要件としては、実践的能力を身につけるための大学教育の実用性が欠かせないのである。
三、起業家養成
フォーチュン誌の長者番付一位となり、一躍世界にその名を轟かすこととなった起業家ビル・ゲイツ氏や、日本人の起業家としても有名なアスキー社社長の西和彦氏を見ても明らかなように、多くの成功を収めている起業家は、その行動を大学在籍期間に起こし、その基盤を築いてきたことには注意を要することである。つまり、企業家精神の醸成は大学時代にあるのである。
また、特にアメリカにおいては、数多くのベンチャーが育ってきたという地盤があるため、その活動基盤が整っていることも多くのベンチャー企業を生む要因となっている。いわゆる波及効果である。
起業家の育ちやすい基盤とは、単なる資金的・経営的後援の充実にとどまらず、個人が確立した文化に裏付けされた起業家精神を携えていることにも起因している。また、大学時代からインターンシップ(企業内研修制度)などの制度を通じて実質社会への接触を図るところにもその原因があるのではないかと私は見ている。だからこそ起業家精神の醸成が図られるのではないか。優れた人材養成にはコストと時間がかかる。アメリカでは、教育制度においてもその役割を担っているのである。参画型授業のなかで独自の意見を持ち、自分の立場をどう表現するか。この訓練がしいては技術革新や顧客のニーズをとらえることに一役かうこととなる。ハーバードビジネススクールではモデルケースを引用して、独自の対処法を考え、起こりうる市場動向に対応できる人材育成をしているという。このような経験によって人材育成がなされていくのである。
コンパック・コンピューター社のベンジャミン・ローゼン氏は「ベンチャー企業の成功要因は人材にある」と断言している。優秀な人材育成のためには教育の質を向上させることが求められているのである。そのためには学生自身も企業内研修等を通してインプット(理論)の実質社会・経済での生かし方、専門に関連した任務、また職場での雰囲気を学び、近い将来判断力・即戦力のある人材となるべく認識を持つ必要がある。
私自身、高校時代の一年間,海外で過ごした時期があった。その際、現地の学校の活動の一貫として一週間、企業に入って働いたことがあった。その学校では十年生(日本の高校一年に当たる)から一週間、企業研修の時間が与えられていたのである。各生徒はこの日に向けて地元の会社に受け入れ要請の手紙を書いたり、直接会社に訪問したりして独自に研修会社・機関などを探すのである。一週間の実質社会生活を終えた後には会社からお小遣い程度の「給料」がもらえる。金額は多少なりともお金を稼ぐことの意味を実感し、高校を卒業したあと就職する生徒にとっては自分の就きたい職業を選定する基準となり、また「学校」の限界的な枠を超え、直に社会と携わる機会ともなっている。このような経験を通して社会における自己の役割を認識することができ、また、起業家を目指すものであれば、将来の企業経営を描く機会ともなる。既存の起業・社会の把握なしには新しい企業経営は見えてこないのである。
この制度で注目に値することは、たとえ少額の報酬であるにせよ労働に対しては対価が支払われるという市場の原則を身を持って体験できること。自己責任の元において仕事を遂行すること。また企業側が金銭的にも、受け入れ体制面からも積極的に「社会負担」を負っていることである(注2)。
四、制度運営の費用負担
日本においてこのような機会は皆無に等しい。「学生の常識は社会の非常識」といわれる所以はここに帰結する。学生時代からの下積みがないことを念頭に置かず、いくらベンチャー企業の台頭を促進するためのインフラ整備をしても効果は薄い。土台から見直していくことが不可欠なのである。つまり、今日の日本に求められているのはアメリカのように大学が準社会機関としての役割を果たすことである。学生側に負いても意識改革が欠かせない。「ぬるま湯的環境」から抜け出すことである。付け焼き刃的知識は実質社会においては役に立たない。就職「超氷河期」といわれるなかで、企業にとって雇用したい人材が微少であるのもまた事実である。その事実にどう対応すべきか。答えの一つは企業内研修等の制度の充実により学生時代から人材育成を図ることではなかろうか。その際、企業側にもある程度の社会負担を願いたい。システムを確立し、運営するための社会負担である。しかしその財政的後ろ盾はやはり政府の役割であろう。最近話題を呼んだNEDOの中にでも予算を組み込んで欲しいというのが一学生からの切実な願いである。このような制度が確立すれば第三次ベンチャーブームはおろか将来、日本経済を担う「第二のホンダ」といったベンチャー企業の出現をより活性化させることは明らかであろう。
五、おわりに
もはや昨年のこととなるが夏期休暇中、ある機関が主催する企業内研修の募集を新聞で見かけた。兼ねてからこのような受け入れ制度を探していた私にとって、この記事を読み終えた頃にはもう受話器を取っていた。そこでは一次・二次試験があり、書類審査に通った私は二次の面接試験にこぎつけた。最終的にこの機会は逃すこととなったが、後に聞いた話ではこの倍率は六十倍にものぼったそうである。この事実を忘れないでいただきたい。
<注釈>
- 注1
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一九八七年には公定歩合が2.5%まで下げていたため、ベンチャーキャピタルに
よる多額の投資が行われていたと推測できる。ちなみに一九八一年の公定歩合は7.1%
であった。(出所 日本銀行「経済統計月報)
- 注2
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TIME誌やNEWSWEEK誌の定期購読に対する学生特別割引、美術館の学生
割引なども企業や国が行う「社会負担」であるといえよう。
参考資料
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日経産業新聞1995年12月7日付
18・19面「新市場拓く企業家精神VBの活力米から学ぶ」
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日本経済新聞1995年12月18日付
16・17面「新事業の芽 規制緩和に企業家精神 何より大切」
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日本経済新聞1995年12月18日付
15面「起業家の挑戦 産業に息吹」
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「ベンチャー企業にエール」日興証券 1995年