“「拝啓 人事部長殿」~就職氷河期の中で~”
就職活動で私が失ったもの
片村まさ子(神戸商科大学商経学部)
拝啓 人事部長殿
寒さことのほか厳しい折柄、ますますご健勝の段、お喜び申し上げます。
さて、「リクルートリサーチ」の調べによると、昨年の男女別求人倍率は「大卒男子」一・三三、大卒女子○・四四という史上最低を記録しました。この発表の数字が、なぜ男女別の数字なのかはさておき、その限られた新卒求人枠に殺到する莫大な数の学生達を選別していくのは、至難の業だったことでしょう。その上、学歴差別を表ざたにすると、会社の評判が落ちますし、男女雇用機会均等法に抵触しないよう、女子採用の意欲が無くとも、それを大っぴらにできず、女子学生の受験も受けつけなければなりませんから、無意味な事務処理も多かったことでしょう。どの企業でも経営のリストラが盛んで、自身もいつ出向や肩たたき退職を命じられるとも分からず戦々恐々とした日々の中で、企業の明日を担う新卒者採用には、おのずと力が入ったこととお察しします。
思えば私達平成八年度大学新卒者というのは、団塊の世代を親に持つ、第二次ベビーブームのピークの年に生を受けて以来、高校、大学受験と狭き門をくぐり、何かと過当競争を強いられてきました。そして今回就職活動をするにあたり、バブル崩壊と円高という平成不況をまともに食らい、“超氷河期”を忍ばねばなりませんでした。大量の志願者をふるうのに一番有効な手段は、書類選考と言う名の学歴差別、女性差別ですが、運よく面接を受けることができても、「簡単に自己PRして下さい」と、持ち時間がせいぜい30~60秒程度です。その面接後連絡が来ない、すなわち落とされると「たった30秒で私のなにが分かるんだ」と、やじりたくなるのと同時に、その30秒で21年間生きてきた自分の人格を否定されたような気がして絶望的になるのです。「短時間でも人を見る目は持っている。その限られた時間で、自分をアピールできないのが悪いのだ。」と言われればそれまでですが……。
ここで就職活動中に知ってもらえなかった私のことを、もっと良く分かってもらいたくてペンをとっているのです。あの制服のようなリクルートスーツに身を包み、某就職情誌で推奨されている、同じようなカバン、靴、髪型の学生達の中で、私もあくまで“個”ではなく“集団の一部”だったような気がします。各企業の正門の前で長蛇の列を作って、就職試験の順番を待っていた時、「この没個性が日本の企業の枠組みに入ることの第一歩なのかもしれない」と思ったものです。
私が約一年間の米国交換留学より帰国したのは、就職活動たけなわの六月末のことでした。その時期になると、マスコミや金融の採用活動は終わり、男子学生の中には内定者も相当数います。御承知のとおり、七月一日の企業訪問解禁日というのは、虚構なのです。人生を大きく左右したり、物の見方に大きな影響を与える経験を誰しも持っていますが、私の場合、今回の留学、そしてその中の三か月間のエクアドル滞在がまさにそれでした。長くなりますので、あまりくわしくは書けませんが、留学先の大学がリベラルだったこともあり、たった一年でも徹底した男女平等が身にしみついたのです。さらに授業の一部でエクアドルに行き、時には水道、電気のない不便な生活を送りながら、小さなことにこだわらず大らかに物事を見れるようになり、格段に精神的な強さを得て、これまで味わったことのない達成感と自信を持って意気揚々と帰国したのです。先進国アメリカと、まだ発展途上にあるエクアドルを同時に見て、国際社会の中でこれから日本が担っていくべき役割について自分なりの意見を持って、七月一日から就職活動を開始しました。
冬頃にハガキを百枚程度出して資料請求し、数度のハガキのやりとりの後、セミナーに参加して書類審査、筆記試験をパスしてやっと面接にこぎつけるのが一般的なパターンですが、私はそんな時間的余裕もなく、ただひたすら、七月の時点で参加可能な企業説明会やセミナーに参加したのです。後から聞いたところによると、大手企業が七月一日から始める大がかりなセミナーは、“就職協定を遵守していますよ”というアピールのための、いわゆる“セレモニー説明会”で、既にほぼ採用活動を終えていたようですね。わざわざごくろうさまです。最近は、枠は減ったとはいえ、縁故採用、すなわちコネ採用の依頼も多く、その処理にもご尽力されたことでしょう。
コネも有力な情報源もない私は、「この企業は本当にまだ採用活動してるんかな。」、さらには「女子を採る気あるんかな。」と疑心暗鬼で企業訪問を続けていました。もちろん総合職希望です。男女雇用機会均等法の成立後、多くの企業は転勤があり管理職に昇進見こみのある総合職と、それを補佐し事務を行う一般職に職種を大別する、コース別人事制度というのを採用しましたね。企業によっては、女性のために転勤のない総合職や地域限定総合職という中間的なコースを設けたところもあったようです。しかしこのコース別人事によって実質的にほとんどの女性は一般職コースへと追いやられ、ほんの一握りの総合職の女性が同性から反感を買ってしまうような、女性の二極分化をもたらしたのです。さらに最近の不況により、一般職の女性を契約社員や派遣社員、さらにパートで賄う企業が増えているというのですから、女性いじめもいいところですね。「知らぬが仏」と言いますが、そんな現実に気づいていなかった私は、
「体力には自信がありますし、世界中のどこに行っても、男性と肩を並べて働く自信があります。」
と、笑顔でハキハキと面接担当官の質問に答えていました。二十一世紀を目前に控えた今、女性にだって国際舞台で活躍するチャンスはあるはずだと、瞳をキラキラ輝やかせて面接を受けたのですが、ちっとも手応えがありません。「私の熱意をかってくれる企業があってもいいはずなのに……。」と肩を落としている時、頭から冷や水を浴びせるかのように、私に現実を見せてくれたのが友人のなにげない一言でした。
「(採用担当者が)自分のクビだって危ないのに、いかにもバリバリ仕事しますって感じの女の子なんて絶対同じ職場にいてほしくないんやろうな。」
当の彼女も総合職を目指して資料請求ハガキを百枚以上書き、四月からのべ五十社回ったものの、まだ内定をもらえず疲れきった表情をしていました。
そうです。私は就職活動の仕方を間違えていたのです。“自分がどんな仕事をしたいか”、“どんな働き方をするか”ということばかり頭にあって“面接担当者がどんな女の子を気にいるか”、“企業が女性にどんな役割を期待しているか”、まして“日本社会の中で女性の働きがどれほど評価されているか”、など考えてもいなかったのです。実際に男女雇用機会均等法後に晴れて女性総合職に採用された人の会社定着率は以外と低く、人事担当者をがっかりさせているようですね。その理由の一つとして、上司が女性総合職の扱いに慣れておらず、彼女らが会社に見切りをつけて辞めていくのだそうです。日本企業が求める女性像は“あくまで控え目で男性をたてるが、やる時は黙って仕事ができるタイプ”、つまりあからさまに男性に挑戦して出世を狙う野心家はお断わりなのです。そのことに気づいた時は、まるで目からウロコがとれたようで、私の就職活動の仕方もガラッと変わりました。折しも本屋で立ち読みした「女子大生のための就職活動術」なる本には、面接時の心得として、ブラウスの襟ぐりは広目の方が良い、髪型はロングヘアが良い、スカートの丈は短めが好ましい、靴は少しヒールのあるものが最適……等々、中年おじさんを意識した外見的なアドバイスばかりの羅列だったのです。腹は立ちましたが、“郷に入れば郷に従え”です。こうなったら、人事の方に気に入られるよう自分を変えていくしかありません。無駄なエネルギーを費やしていると思いつつも、まずは外見から、優しい印象を与えるナチュラルメイクを研究し、温かいほほ笑みが自然に出るよう練習しました。次に自己PRでは、出しゃばりと取られかねないやる気にあふれたくだりをカットし、男性をたてて職場でなじめそうな協調性をアピールすることにしました。すると面接担当者が満足げにうなずきながら、私の話を聞いてくれるではないですか!!
とんとん拍子に総合職の内定を二社から出してもらった時、私の頭の中で、国際社会の中で日本企業がどのような役割を果たしうんぬん……という考えはすっかりなくなってました。給料はどのくらいか、会社の中で人間関係をうまくやっていけるか、仕事についていけるか、といった事で頭がいっぱいで、良く言えば地に足が着き、現実に目を向けており、悪く言えば目先のことしか、自分の周りのことしか考えておらず、先のことや世界のことを見る余裕をなくしてしまったのです。恐ろしいことに私の視野は狭くなり、夢や全身からあふれでるような情熱や働くことに対する意欲を失ってしまったのです。そして、「どうせ期待されてないねんから、給料のいい会社に二、三年勤めてお金貯めて結婚して、後は三食昼寝付きやん……。」なんていう友人の意見に思わずうなづくまでになったのです。今、就職活動を始める前の自分を思い出すと、懐かしいような、それでいて心が苦しくなるような気がします。就職活動のプロセスの中で、自分が変わっていったのですから、決して面接担当者の前だけ体裁を整えて、思ってもみないことを言ったりしたわけではありません。第一、相手は面接のプロですから、ウソをついたりしたら、すぐに見破られてしまいます。それでも、エクアドルで味わった他人の目を気にしない、のびのびとした自由と解放感を思い出す時、また米国留学中に得た、男女にかかわらず自分の気持ちに正直に、率直に意見を述べる習慣について考える時、まるで自分の得てきたことを否定したような、自分を裏切ったような気分になってしまうのです。
人事部長殿、私の就職活動をどのようにお考えになりますか。この“超氷河期”と言われた年に、遅いスタートを切って、約一か月で内定にこぎつけたのだから成功したのでしょうか。しかし、私は内定という目先の目標だけを追いかける間に、もっと大事なものが欠落したような気がしてならないのです。人事担当者に気にいられる女の子になろうと努力しているうちに、本当の自分らしさを失ってしまった喪失感でいっぱいなのです。それが、女だてらに日本社会の枠組みに入ろうとするための第一歩なのでしょうか。女性は、あくまで会社の求める女性像の中でしか、活躍の場を与えられないのでしょうか。
もちろん女子学生の中には、“なるべく早く結婚して、家庭に入りたい”、という人も少なからずいます。しかし、“一生仕事を持って、生きがいを感じながら働きたい”と思っている女子学生だって、たくさんいるのです。女性は過小評価されるのに慣れていますから、少々の逆境やスランプにもめげず忍耐強く働ける、すなわちこの不況時にぐっと耐えて力を蓄えるにはもってこいの存在なのです。国際社会の中でさらに能力主義が進み、男女平等が当たり前の中で、押し着せの女性像に女性社員を閉じこめ、その能力を活用しない日本企業の損失はさらに大きくなることでしょう。実際、「認められる仕事がしたい」と、多くの女性達が資格取得・語学留学後、香港等へ移住する頭脳の大量流出が起きているのです。世に半分いる女性を“女の子”としてのカゴに閉じこめ、放っておくのは、日本社会の損失です。女性の労働力、能力、特性をもっと生かすべきではないでしょうか。
その手始めに、就職活動をする女子学生達を“女の子”という杓子定規で計るのをやめて下さい。彼女らに、夢や人生の目標、世界の中の自分の役割について語るチャンスを与えて下さい。そして私が就職活動中に失ったもの――純粋な働くことへの熱意――を、彼女らから奪わないでいただきたいのです。
文中、一部礼を失っしましたことをおわびさせていただきます。お時間を割いていただき、有難く厚く御礼申し上げます。
それではくれぐれもご自愛下さいませ。
敬具
参考資料
- 朝日新聞('95年10月18日付)
- 神戸女性フォーラム記録集
神戸市市民局女性計画推進室発行