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“臓器移植-あなたはドナーになりますか”
移植を考える~骨髄移植の現場から~

西村公美子(神戸女学院大学文学部)

 

 午前9時40分。新大阪発のこだま410号が5分遅れで発車した。私は、母の入院する名古屋の病院へと向かうため、新幹線に乗っていた。
 母は、急性骨髄性白血病である。母が発病して、約1年3ヶ月。やっと念願の骨随移植へと、具体的な治療が始まった。私は、母の付き添いをするために、名古屋へと向かっていたのだ。
 臓器移植とは、他人から健康な臓器またはその一部を提供してもらい、患者の体内に移植することである。骨髄移植も同様に、他人から健康な骨髄液の提供を受けることである。が、臓器移植のように、体にメスを入れるわけではなく、骨髄液は点滴で患者の体内に注入される。現在この方法は、白血病をはじめ、再生不良性貧血などの治療法として、たいへん重要視されている。ひと昔前までは、“白血病”というともう助からない病気とされてきた。しかし、科学治療の進歩もさることながら骨髄移植が行われるようになってからは、白血病は“治る病気”に変わったのである。
 昨年7月、骨髄移植を中心とする、白血病治療に関するフォーラムが大阪で開催され、私も家族と共に参加した。そこで、移植の有効性や危険性など、かなり専門的な所まで話を聞くことができ、移植に関してはほとんど無知であった私も、かなり勉強することができた。
 骨髄移植をするには、まず骨髄液の型であるHLA(ヒト白血球抗原)が一致した人を見つけなければならない。兄弟間では、約25%の確立で一致すると言われているが、それ以外は血縁者であったとしても非血縁者と同様に、一致する確立はかなり低くなる。それはなぜかと言うと、HLAの中には何万という型の成分があり、それの組み合わせによってHLA全体の型が決まる。だから、同じ父母から成分を受け継いでいる兄弟が一番一致しやすいのだ。それでも、兄弟間で一致した場合は運が良かったと言えるだろう。なぜなら、たとえ100万人のHLAを調べたとしても、必ずしも自分と全く同じHLAの人がいるとは限らない、という程HLAには、たくさんの組み合わせが存在するからだ。したがって、血縁者にドナーがいなかった場合は、非血縁者からの移植を可能にする“骨髄バンク”がどうしても必要となってくる。
 現在、最も大きい骨髄バンクは、アメリカのNMDP(National Marrow Donor Program)で、登録者数は約120万人。その内アジア系の登録者数は5万700人で、全体からすると少ないと思われる。HLAは、同人種内での類似性が強いので、日本でも、1987年頃から骨髄バンク設立運動が起こり、1989年、「東海骨髄バンク」が発足したのだ。最近では、テレビのCMやポスター等で多くの人に知られるようになった骨髄バンクであるが、1994年7月における登録者数は5万3千727人。それでも2千人以上の患者が、ドナーを待つ毎日を送っている。このように、ドナーが増えた現在でも、全ての患者がドナーを見つけられるわけではなく、他にも様々な問題を抱えているのである。
 まず第一に、ドナーと患者を結びつける役目のコーディネイターが足りない。そのため、検索から、ドナーへの依頼と検査そして移植へという、できる限り早く進めるべき途中の過程が円滑に進みにくくなるのだ。また、無菌室・無菌ベッドなど、施設の不足も大きな問題である。現在、患者が登録してドナーの検索を依頼してから、移植に至るまで、約310日間かかるそうだ。患者側にとって、この日数はたいへん厳しい。移植には、するべき時、というのがあって、患者の病状や体調を考え合わせて全てをクリアした時に、すぐ移植しないと命取りになる。そのタイミングをはずすと、助かっていたはずの命も助からないという結果になるのだ。最も多いのが移植が遅れるという事態で、ドナーを待っていても、結局間に合わずに亡くなってしまう場合があるのだ。しかし、そのような問題が起こるのは、コーディネイターの不足だけが原因ではなく、登録者にも原因がある時もある。登録したはずなのに、いざ検索され、依頼を受けると断るという人がいるからだ。私の母の場合もその一例である。
 2回目の検索でドナーが見つかり、早速、移植に向けてコーディネイトが始まった。移植までにドナーは3段階の検査を受ける事になっているのだが、一次検査、二次検査と検査の結果を聞き、母も私達家族もとても喜んでいたのだ。やっと希望の光を見つけた気持ちで、なんとかうまく移植できますように、と祈っていたのである。ところが、第三次検査が終わり、最終段階に入ったという所で、ドナー側から提供を断られ、すべて水の泡に。目の前が真っ暗になった気分だった。気丈で明るい母も、この時ばかりはかなり落ち込んでいたようだった。私は、「きっと、こんな悲しい事が、たくさんの患者さんの身に起こっているのだろう。」と思わざるを得なかった。あんなに簡単に、すべてがなかった事のようになるなんて。ここまでのコーディネイトにかかった、母の貴重な時間も、お金も、無駄に使ってしまったという事かと、私はぶつけようのない怒りと悲しみでいっぱいだった。後で調べると、それまでのドナーの検査などに18万6千円かかっていた事がわかった。
 しかし、そう落ち込んでばかりもいられないのである。母の病気はどんどん進行していくので、少しの時間も無駄にはできない。すぐに、米国骨髄バンクのNMDPに検索を依頼した。海外のバンクから提供を受けるには、国内のバンクとは比べものにならない程の費用がかかる。具体的数字を挙げると、検索してコーディネイトするだけで50万円、移植が決定し、行われると合計500万円はすぐに必要である。国内バンクと比較すると約10倍にもなるが、それでもこれは、保険を差し引いた金額で、健康保険が適応されなければ、約2千万円はかかるのである。だから、場合によっては経済的理由で、海外のバンクへの依頼を断念せざるを得ない事もあるのだ。なぜこのような大きな差がつくのか不思議なのだが、とりあえず、私達はなんとか周囲の協力もあって、海外でドナーをさがすことができた。そして、運良くドナーを見つけることができたのである。
 母は、骨髄バンク登録を機に“アイバンク”と“腎バンク”に登録した。
「自分が人からもらうのに、自分が人に何もあげないわけにはいかないでしょ。」
母は、そう言って笑っていたのだが、母が、どのような覚悟で今回の移植に臨むのか、という事を痛い程感じた。そして、母は、
「自分の臓器が、少しでも、目の不自由な人や、腎臓の病気の人に役立てばいいね。」 と付け加えた。
 今、日本では、臓器移植については様々な論議を呼んでいる。その中でも、脳死問題は、最も論議の的となっている問題だと思われる。人間の死の基準をどこにするのかなんて、考えてみれば、それは個人がそれぞれ持っている基準ではないかと私は思う。しかし、やっかいな法律なども絡んできて、そう簡単に、解決できそうもないのは確かだ。でも、すぐそこに助かるかもしれない命がある。そんな時に、人がするべき事だけは明らかだ。もし助かる可能性を、あえて閉ざすとしたら、それはあまりにも残酷だ。
 母は、ベッドの上でこう言っている。
「私、人の命って言うのは、神様から授かるものだって思ってた。でも、人間が人間に命を与えることもできるんだってこと、初めて気づいた。こんなすごい事に気づけたなんて、病気になったかいがあったよ。」
 人に命を与える事のできる機会なんて、そう頻繁に訪れる事はないと思う。だから、そんな少ない機会に巡り会えるのは、とても、喜ばしい事だと思うのだ。人から命を与えられた人は、他の人何倍も、生の喜びを実感しながら、生きていく事ができるだろう。
 私は今、19歳なので、骨髄バンクにドナー登録はできないが、あと半年すれば、それは可能になる。登録ついて母に話すと、こんな返事が返ってきた。
「あなたは、いずれ近い将来、結婚するだろうし、結婚すれば子供も産むでしょう。だから、ドナーの依頼が来ても、自分自身の都合で、ドナーになれないかもしれない。妊娠中かもしれないし、子供から手を放せない時期かもしれない。もしかしたら、夫にドナーになるのを反対されるかもしれない。そんな不安定な時期にドナー登録をしたとしたら、一度喜んだ患者さんを落胆させる事もある。お母さんが、がっかりしたみたいにね。だから、お母さんは、あなたが30代になって、自分の身体や周りが落ち着いてからでもいいと思ってる。だって、アメリカなんかじゃ、60代の老人がドナーになるくらいなんだから。でも、登録して、もしドナーの依頼が来たら、喜んでドナーになってほしいと思うよ。」
 きつい科学治療の副作用に耐え続け、ようやく移植への道が開けたという喜びの気持ちは、きっと、患者本人にしか分からないだろう。しかし、心中は喜びだけではない。移植した人すべてが、完治するというわけではないからだ。不安材料は山ほどある。感染や、拒絶反応による死、そして、再発。拒絶反応は、骨髄移植だけでなく、臓器移植にも必ずついてまわる問題であろう。
 骨髄移植の後、どのような形で拒絶反応が表れてくるか、確実な事は、誰にもわからない。でも、客観的に見て、母の移植の成功率は50%ぐらいではないかと思う。それでも移植に頼るしかないのである。祈る事しか、できない自分に、苛立ちを感じる事もしばしばだ。
 名古屋赤十字病院に入院し、一週間が過ぎた頃、母の移植は、2月10日に決定した。

参考文献
●「白血病治療-きょうから明日へ」
  日本つばさ協会編(1994年7月24日発行)
●「つばさvol.4」日本つばさ協会(94年9月号)
●「関西協会ニュース 第5号」
  関西骨髄バンク推進協会(94年9月1日発行)
●「非血縁者間骨髄移植に関する説明書」
 (財)骨髄移植推進財団中央調整委員会


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