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“「家族」はどこへ”
-高齢社会における「家族」-

漆間 郁夫(早稲田大学政治経済学部)

 

序文
 日本は今、急スピードで高齢化社会へと向かっている。二〇二五年には、高齢化率はピークに達し、四人に一人が六十五才以上の高齢者になるとされている。そして今でも、家族構成員の中に男性は六十五才以上、女性は六十才以上の高齢者を含む「高齢者世帯」も年々増えてきており、この二十五年間で五倍以上に膨れ上がってきている。さらには、高齢者の傷病率は非常に高く、一九九〇年では、高齢者の六十七%がなにがしかの傷病を患っている、と答えている。その中でも、寝たきり老人の数は、約七十万人にまで達し、六十五歳人口の四・六%を占め、今も確実に増えており、七年後には約百万人に達すると推計されている。
 このような現在の状況を踏まえると、これからの家族を考えていくうえでは、人口の高齢化という問題はさけて通れないであろうと思われる。ここでは、その中でも高齢者の在宅介護の問題に焦点を当て、これからの家族関係、さらには、結婚にいかなる影響を与えるかを考察したいと思う。

一、在宅介護に頼る今の行政
 一九八九年政府は、高齢者保険福祉推進十ヵ年戦略(ゴールドプラン)を打ち出した。これによると、特別養護老人ホームの増設や、ホームヘルパーの増員、といったように一九九九年までの老人福祉施設・対策の充実が謳われている(資料一)。しかし、ここで言われている特別養護老人ホームでは、在宅介護が受けられない人のみが対象で、また、ホームヘルパー、ショートステイ、デイサービスなどでは、始めから常時在宅介護を前提としている。つまり、家庭内で老人の介護をしている人を楽にしこそすれ、完全に介護から解放するものではない。その上、老人保健施設とデイサービス、在宅介護支援センターの施設が同居していたりするので、この数字で見られるほどには、施設の数はまだ充実していないと考えられる。従って、このようなもとでは、家庭内に於ける老人の介護が重要にならざるを得ない。さらに、介護する家族の側から見ても、老人ホームの条件の悪さや、よい施設で介護してもらうには膨大なお金がかかる、といった点から「出来れば家庭の中で介護がしたい」という志向が生まれてくる。

二、家庭内介護の実体-被介護者の側から
 家庭内での介護の実体を見てみると、まず挙げられるのが、アルツハイマー病などに代表される痴呆症、いわゆるボケである。肉体的には特に問題がなくても、精神的な面で異常をきたす。物忘れに始まり、徘徊、幻覚、大声を上げる、被害妄想、乱暴になる、など症状は様々である。精神障害を持っていても体は健康であるため、乱暴行為や、夜中の徘徊、大声などで、他の家族に肉体的、精神的なダメージを与えることも多い。この為、「うちのおじいちゃんが寝たきりになって、本当に楽になったわ」という声を、今までは非常によく世話をしていた家族から聞くこともある。だからといって、寝たきりの老人の世話が決して楽であるという訳ではない。ただ、人によっては以前よりも精神的な負担が軽くなるケースもある、というだけである。
 では、その寝たきりであるが、寝たきりの原因には、骨折や、脳卒中といったものがあげられる。寝たきりになると、今度は、排便や食事などの日常的な活動の介助が必要となるうえ、介護者は床ずれの防止にも気を配らなければならなくなる。更には、寝たきりとボケの症状を併せ持つことも多く、また、寝たきりの状態がボケを加速させることもある。

三、家庭内介護の実態-介護者の側から
 先に述べたように、家庭内での老人介護は、非常に労力を必要とするが、これは、男女平等、女の時代、と言われている今でもやはり、嫁に頼っているのが現状である。
 日本は古くから家父長制を重んじ、『男は外で働き、女は家事をする』という考えが根付いている。これは、日本の家族、結婚の概念を長い間定義づけてきた。このような家父長制は、戦後の民主化で法律の面からはだいぶ改まったものの、日常生活に於いてはまだかなりの面で残っている。そして、このような考え方が背景となって介護を主に嫁に頼る傾向を生みだしていると言えるであろう。

 最近の若い人に関してはどうであろう。特に二十代の女性達はこのように古いタイプの結婚、家族の考え方に対して、どのようなイメージを持っているのだろうか。
 最近の若い女性の傾向としてまず挙げられるのは、そのキャリア志向である。年々上昇している大学進学率からも分かるように、特定の知識を身につけて、しっかりとした仕事に就きたいと考えている女性が増えてきている。
 もう一つの大きな傾向としては、女性の価値観の変化、特に結婚に対する価値観の変化がある。いわゆる、『結婚しないかもしれない症候群』などに見られるように、結婚をして家庭を持つよりも、自分で稼ぎ、好きに生きたい、といった考えを持つ女性が増えてきている。そして、総理府によるアンケート調査によると『これから多くなって欲しい人』として、今までは女性の分担と思われていたような事にも積極的に参加するような男性が、特に女性の側から待ち望まれている事がわかる(資料二)。結婚や男性に対して期待することが、以前とは異なってきているのである。
 このような状況の中、これから先高齢社会が進む中で、家族の関係、夫婦の関係、そして結婚はどのようになって行くのであろうか。

五、分析の手順
 研究方法として行ったのはアンケートである。これから先の高齢社会を背負って行く今の学生に、高齢社会に対する意識調査を行い、どのようなビジョンを持っているかを調べてみた。ここで高齢社会の分析に結婚という切り口を選んだのは、非常にプライベートな問題である結婚に高齢社会がどのように係わるか、を見ることによって、より本音のレベルでの高齢社会に対するビジョンが引き出せるものと考えたからである。
 アンケートは大学生を対象に行い、男女合わせて一〇〇人余りの例を集めることが出来た。アンケートの設問を設定する際に留意した点は、このアンケートが単なる実態調査には終わらず、いかに個人的、正直な感情を引き出せるかということと、男女の考え方の違いがどのように現れるか、という事であった。
 各設問を設定した意図をあげると(資料三)まず、問一~問三では、実態調査。問四~問五では、親を介護する際の場所についてどういった志向性をもっているか、さらには、それに経済的な問題が関わった場合どのように変化するか。そして、問六では、親を家庭内だけで介護せざるを得なくなった時の気分を聞き、ただ単に良い悪いではなく、どれ程深刻に考えているか。問七では問四~問六に答えている際、親を介護している状況が具体的にイメージ出来なかったり、プライベートな話題であるために率直に答えられなかった人であっても、直前の設問で自分に置き換えていたか否かは、すぐに判ることであると考えた。そして、このように聞くことによって、親の介護を自分にとってどれだけ身近なこととして感じているかが分かるのではないか、と考えた。問八~問十では、問四~問六と同じ型式で質問を行い、親の介護と配偶者の介護ではどのような認識の違いが現れるのか。問十一、問十二では、結婚相手を考える際、介護が必要な相手の親をどの程度気にするかを見ることによって、結婚に対してどれだけ深刻な影響を及ぼすか、さらには、相手の親の介護が、どれだけ自分にとって深刻な問題であるかがわかるのではないか、と考えた。問十三、問十四では、自分自身の親が介護が必要であるということを結婚相手にはっきりと言えるかどうかによって、自分がどれだけ深刻に考えているかがわかり、そして、結婚に対する引け目をどれだけ感じているかが分かるのではないか、と考えた。さらには、問十一との比較によって、相手の親と自分の親では、結婚に対する影響がどれだけ違うかがわかるのではないか、と考えた。

六、アンケートについて
 アンケートは、主に早稲田の学生を対象とし、さらには、若干の慶応、東京大学の学生にも協力をしていただいた。学歴としては、かなり高く、男女ともキャリア指向が強い学生達であると言えるであろう。一〇七人に対して行い、その内六〇人が男性、四六人が女性、一人が性別不詳で、この一人を除く男女一〇六人のデータを用いて分析を行った。それでは、設問順にデータを見て行く。
 問二 九・四%の人が、家庭になんらかの介護を必要とするお年寄りがいる、と答えている(図一)。約十人に一人がYesと答えたことになる。単なるお年寄りではなく、介護が必要なお年寄りについて聞いている、ということを改めて考えると、小さな数字とは言えないであろう。高齢化社会の老人介護の問題は、すぐ身近なところまでやって来ている。
 問三 介護をしている人の内訳であるが、問二でYesと答えた十例のうち、嫁=四、息子夫婦=二、息子=二、夫=一、病院=一、となり、僅かな例からであるが、介護を嫁に頼る傾向が見て取れる。さらには、十例中、介護に施設を使用しているのは、たったの一例であり、あとは全て家族が介護をしている。
 問四 親が寝たきりになった場合どこで介護がしたいか、であるが、図二を見ると、男女ともに家庭と答えた人が一番多い。さらに詳しく見ると、男性のほうが幾分家庭志向が強いが、ホームヘルパーも含めると、女性の方が家庭志向が強いことがわかる。やや穿ちすぎかもしれないが、女性に関してホームヘルパーを希望した人が男性に比べて多い、というのは、それだけ女性が仕事と介護を両立させようとしていることの現れと言えるのではないだろうか。そして、施設と答えた人の中にも『しっかりとした施設なら』といった、条件付きのものが幾つか見られた。
 問五 問四と同じ場合で経済的問題を考慮した際の結果であるが(図三)、問四では施設やホームヘルパーと答えていた人の中にも経済的問題を考慮すると、『家庭』と答え直す人がでてきた。つまり、施設やホームヘルパーはお金がかかるため、やむなく家庭で介護をする、という例である。ただ、ここでまた一つ特徴的な現象が現れた。右ような結果は、当初から予想していたことだったが、中には、問四では家族と答えた人が、問五では逆に『施設』と答え直す人が若干見られた。これらの人は、「本当なら家庭で介護をしてあげたいのだが、そうしていると働きに出られない」という事を経済的問題として考えたために、他の人と逆の答えになったのである。そして、このように答えた人は皆女性であった。これを逆手に考えると、男性は、家庭内で介護を行っていても自分が仕事に出られる。という事に何の疑問も持っていない、と言えるのではないだろうか。
 問六 問四の場合で家庭内で介護せざるを得なくなった時の気分を単純に良い悪いで聞いてみた(図四)。これで見ると、女性のほうが男性よりもグラフが幾分右に寄っており、(3の部分の真ん中に縦線を引くと、グラフがどちらに寄っているかが判りやすい)『悪い』が多いことがわかる。しかし、このデータもただ単に気分が『良い』『悪い』ではなく、それだけ女性のほうが、この問題を深刻に考えている、と言えるのではないだろうか。
 問七 問四~問六を答えている時、おもな介護者を自分自身に置き換えていたか、という質問には、男女ともYesと答えた人が多かった(図五)。しかし、Noと答えた人の数で見てみると、男性は女性の二倍近くいて、Yesに対する比率も女性に比べて高くなっている。男性の方が、自分自身の問題として考えていない人が多い、と言えるであろう。
 問八 問十は、問四~問六と同じ質問で、今度は親ではなく、自分の配偶者の場合で答えてもらった。自分の妻や夫の介護となると、家庭と答える人が圧倒的に多くなる。経済的問題を考慮する以前から、男女ともに八十%を超え、考慮をするとその数はさらに増える。また、施設で介護をしたい、と答える人はごく少数になり、ホームヘルパーも含めて家庭内で介護がしたい、という人がほとんどになる。さらに特徴的な点としては、前述の親の場合とは異なり、女性のほうが男性よりも若干家庭志向が高くなっている(図六、図七)という点であろう。そして、介護する時の気分を見てみると、親の場合よりもグラフが左にずれており、気分は良くなっていると言える(図八)。しかし、ここでも女性のほうが深刻に考えている点では変わりがない。
 問十一 結婚相手を考える際、相手の親が介護が必要であった場合どの程度まで気にするか、であるが、これもまた男女の差が歴然とした。図九を見ると男性では、1の全く気にせずと答えた人が二〇%あまりを占めるのに比べて、女性では一人もおらず、全体で見ても女性のほうがグラフは左寄りになり、男性よりも気にしていることがわかる。
 問十二 問十一での状況が結婚の決断を妨げる要因の一つとなりうるか、という些か重く答えにくい質問であり、質問文の解釈も様々であったようだ。しかし、結果的には、Yesと答えた人を見てみると、女性のほうがかなり多くなっている。ここでも楽観な男性、深刻な女性の傾向が見て取れる。(図十一)
 問十三 今度は、自分の親が介護が必要な場合、結婚にどのような影響を及ぼすかを、少し違った角度から調べてみた。自分の親が介護が必要な以上、いつかは結婚相手にそれを告げなければならず、その際の感情を聞くことによって自分がどれだけ結婚に引け目を感じているかがわかるのではないか、と考えたのである。親が介護を必要としていることを告白する際にためらうか、ためらわないか、で見てみると、男性では『ためらわない』の方が多かったのに対して、女性では『ためらう』と答えた人のほうがかなり多かった(図十二、図十三)。
 問十四 自分の親の場合、結婚に対してどの程度の不安定な要因になるか、という質問であるが、図十を見てみると、相手の親の場合と比べて、男女ともグラフはぐっと左により、かなり不安定な要因になるのがわかる。そして相変わらず女性のほうが男性よりも深刻に考えている。

七、アンケートの考察
 このように見てみると、これだけでも、かなりはっきりとした傾向が現れているのがよくわかる。先ずいえることは、これからの高齢社会を支えていく世代である今の大学生の間でも、老人介護をする際の家庭志向がかなり強いことであろう。しかし、同じ家庭志向でも、男性と女性の間ではその意識の差に大きな違いがある。何といっても、親の介護に対する、男性の『楽観』女性の『深刻』であろう。このような結果は当初から予想はしていたが、これ程までに傾向が現れるとは思っていなかった。この様な結果になった原因には、やはり女性が介護することへの当然視があると思われる。男性の方はその考え方に甘え、女性の方ではその考え方のために悩んでいるのではないだろうか。さらには、この異常なまでに高い介護の家庭志向により、家庭で介護を出来ないことが、罪悪感を生み出しているような気がしてならない。

八、将来の考察
 もしもこのまま、『女性が家庭で老人の介護をするのが当然』といった風潮のままで高齢化社会が進んでいったとしたら、先ず最初にシワ寄せを受けるのは、やはり女性であろう。キャリア志向や自立心の高くなった女性にとって、この様な風潮は非常に住みにくいものになり、ましてや、介護を拒否することへの罪悪感などから、介護担当をよぎなくされるようになれば、女性は今にも増して、しいたげられるようになってしまうだろう。
 しかしそればかりではない。図九、図十一のように、女性の方が結婚相手の親の介護を気にしている上、結婚の決断を妨げる要因の一つ、と答える人も多い。つまり、ただでさえ結婚に昔ほどの魅力を感じなくなっている女性の結婚離れが同時に進むものと思われる。これにより、こんどは高齢の親をもつ男性などがより厳しい結婚難に見舞われ、深刻な影響を受けるようになるであろう。言わば、男性は自ら墓穴を掘ってしまうのである。

九、高齢社会の明るい要素
 このように、老人、寝たきり、介護、罪悪感、といった言葉ばかりを並べていると、来たるべき高齢社会が非常に暗く、厳しい事ばかりのように思えてしまうかもしれないが、ここで一つ明るい要素を挙げたいと思う。
 例えば、三世代家族を考えてみる。ここでは仮に、第一世代のおじいさんは、すでに亡くなり、その妻であるおばあさんが寝たきりになったとしよう。そして、介護は家庭内で、第二世代、第三世代の家族が受け持つことにする。一旦介護を始めると、家族の生活は必然的に、このおばあさんを中心に動き始める。この家庭内介護の良さは、互いに共通の苦労を分かち合える、という点であろう。たとえ、第二世代の夫婦のどちらかが、家に残って主に介護をしていたとしても、なにがしかのパートナーの協力無しには介護をやり遂げることはできない。しかし、介護をしながら家族が一緒に暮らしていれば、多少なりとも介護者の苦労を和らげることができ、家族間での協力も容易になるであろう。「明日は出かけたいから、おばあちゃんの世話よろしく」といった会話が飛びかうようになれば、しめたものだ。
 第三世代の子供に関して言えば、家族で介護している両親の姿を見て、ある程度大きくなった子供なら、自分から進んで介護を手伝おう、という気持ちになるかもしれない。また、このような境遇が、子供の自立心を高めることも容易に想像できるだろう。
 さらに、介護をしていくなかで、今までは知らなかったようなおばあさんの素顔に気づいたり、その知恵、物の考え方に心を打たれることもあるかもあるかもしれない。この様に、介護される側からのメッセージを受けとめることにより、一方的だった介護は、双方向のコミュニケーションへと、発展するのである。
 家族が『おばあさんの介護』という共通の話題でまとまり、さらには、核家族では味わえなかった、三世代間でのコミュニケーションや、いたわり合いが出来れば、家族の中に今までに無いより良い人間関係が生まれるのではないだろうか。もちろん、右のような例は、非常に楽観的に見たものであり、同じような境遇であっても、例えば夫が介護に非協力的であったりすれば、たちまち関係は崩れてしまうであろう。しかし、高齢社会は、このように、家族の絆を強める可能性を持っている、と私は考える。その為にはアンケートに見られたような男女の認識の差を無くせるように、『女性が家に残り介護をするのが当然』といった風潮を、特に男性の側からなくすように心がけることが大切なのではないだろうか。
 ここで最後に、アンケートに書かれたあったコメントを紹介したい。問六の所で、ある女性は、『気分は良い』の5にマルをつけたうえで、「いろいろな準備が要ることや、自分が働けないことを考えると大変だが、介護できるというのは、すばらしいことだと思う。」と書いていた。男性の方からもこのようなコメントを言える人が出てくれば、高齢社会もより良いものとなるだろう。結婚難になるか、絆の強い家族を作れるか、それは男性の意識にかかっている、と言えよう。

参考文献
 ●国民生活基礎調査(平成二年)
        厚生省大臣官房統計情報部編
 ●国民生活白書(平成三年)
        経済企画庁
 ●厚生白書(平成三年)
        厚生省
 ●国民生活選好度調査(平成三年)
        経済企画庁国民生活局


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