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「就職を考える~失敗しない会社選び~」

藤井千歳(跡見学園女子大学文学部)

 

      (一)
 机にしまってあるそれをふと見たくなった。

   このノートは、去年の夏に友人と自転車で四国をまわった時につけていた一日の行動メモ、及び日記帳である。
 表紙のうしろに揺れる電車の中で書いた“いい日旅立ち”の六文字。
-よく書くなあ、こんなこと。-
我ながら、ちょっと照れ笑い。
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  東京を出発した、八月十七日(土)快晴。

  大阪南港フェリーターミナルにて~
 待合い室のテレビでプロ野球中継をやっている。いつも中央線から見慣れた東京ドームが映っているが、“ああ、ここはもう東京ではないんだな”なんてつくづく思ってしまう。東京からかれこれ十時間のドンコウの旅-。やっと大阪に来た。それにしても、この自転車の重いこと!(中略)今度の旅は格別いい旅になりそうだ。
 私は女子大の四年生。三年生の終わりに引退するまではハイキング部(とは言っても主に本格的登山)での活動にほとんどを費やしてきた、といっても過言ではないほど、熱心に取り組んできた。合宿で様々な山に登り、辛い思いをしたこともあったが、見渡す景色に人一倍感激したりしていた。
 もともと運動が好きで、またアウトドア志向の私は、四年生になり部での役割も終え、自由になったこの夏、かねてからの夢であり、挑戦でもあった“自転車”で旅をすることを実現しようと、友人と共に計画し、ワクワクしていた。それが三月頃であったか。
 「こんなに長期で旅に出られるなんて大学時代だけだもんね、社会人になったらまず無理だからね。」
 吹く風に暖かさを感じるようになった春休み、自分が大学4年生になることさえも、正直なところ実感がわいていなかった私は、就職を控え、人生の岐路に立たされていることの重さ、そしてこの何気ない会話の意味さえも理解できるはずはなかった。

        (二)

 “就職する”とは一体どういうことなのか。親のスネをかじれなくなることか、自分の自由な時間が極端に減り、会社という組織の中に拘束させられるようになることか。はたまた次の日のことなど気にせずいつでもお酒が飲めなくなることか-。
 私は思う。何のための就職か、と。誰のための就職か、と。--全部、自分自身の問題であるのだ。社会人として働くのは“自分”である。自分の時間や能力を会社に提供するのだ。決して他人のために働くのではない。
 だから就職を考えるにあたり、まずやらなければならないことは、企業へのハガキ書きよりも、
 <自分自身を知ること>
だと思う。私に限らず、就職活動を終えたばかりの大学四年生なら誰もが、こういうのではないだろうか。
 自分は何が好きなのか。どんな方面に興味があるのか。なんでもいい、どんな小さなことでもいい。
 これを機会に小学校の卒業文集などを読み返してみるのも良いかも知れない。「将来の夢」の欄に思いがけずヒントが隠されているかも知れない。ちなみに私の場合、幼稚園の卒園文集によると、“歌手になりたい”と記録されているがこれは流石に諦めるしかなさそうだ。
 私は、運動をやるのも見るのも好きである。中学は陸上、高校はバスケット、大学でも何か体を動かしたい、という思いから山登りに挑戦した。自転車で旅もする。また、高校野球や大相撲のファンでもある。高校生の時には、文章を書くのが好きなことも手伝い、本気でスポーツライターになろうと考え、スポーツ新聞やスポーツ雑誌にいつも熱心に目を通していた。
 そんなことを懐かしく思い出し、自分をもう一度よく見直して、スポーツ業界なら仕事を好きになれそうだし、一生懸命仕事ができる、と思った。どうせ仕事をするなら好きなこと興味のあることに携わりたい、という思いも強く、それが自分を生かすことでもあると考えた。私は、自分の中で“これだ”、という一種のひらめきに似たものを感じ、“よし、この方向でいこう”と決心した。
 四月の半ばのことであった。

 毎日毎日、郵便ポストはDMで一杯。部屋の片隅に置かれた段ボール箱の中に、あふれんばかりに入っている。整理しよう、といってもどこから手をつけていいものかわからない。
 私は“会社っていっぱいあるんだなぁ”などと、小学生の言いそうな子供のようなことを漠然と考えていた。
 星の数ほど企業はある。しかし、星の数ほどある中でも、実際に自分が入社するのは一社のみである。
 就職活動中、よくこんな会話を耳にした。
  「私は五社内定をもらったの。」
  「あら、私は七社よ。」
 何社内定をもらったとしても、就職できるのは一社だけだ。
 <企業と自分とは縁なのである>
 就職活動は、つまりお見合いのようなものである。企業と学生の相方が、“うちに来てほしい”“是非、御社で働きたい”と思った時、縁談は成立する。惚れられた自分、そして惚れた会社、というわけだ。
 逆に、自分がどんなに惚れたとしても、相手に断られてしまっては元も子も無い。断られたのは、決して悪い人間だからでも、欠陥人間だからでもない。ただ縁がなかっただけなのだ。
 就職する会社では、自分が一日の大半をすごすことになる。だから自分にとって居心地のよい会社を探すことが大切だ。見つかるまで見つけるのだ。人事の人たちでもいい、社内ですれ違った人でもいい、この人達と一緒に仕事をするんだ、できるかな、と考えてみることだ。自分とフィーリングのぴったり合う会社は必ずある。それが自分と会社の縁なのだから-。
 きっと、自分と就職する会社とは見えない赤い糸で結ばれているのだ、と思う。

 ここまで、
 <自分自身を知ること>
 <企業と自分とは縁なのであること>
を書いてきた。では、もう少し突っ込んで話を進めていこうと思う。

 次に大切なのは、
 <志望動機を明確にすること>
だと思う。これは、どの会社で面接を受けても必ず聞かれることである。このことの重要さは、私自身も就職活動を通して痛感した。
 例えば、採用面接を受ける会社の中には、当然、特に入社を希望していないような所もあるだろうが、そういった会社の面接では、必ずといっていいほどその邪心を見抜かれてしまっていたように思う。逆に、どうしても入社したい、と切に願っているような会社では、飾らない自分を出せ、自然に「熱いモノ」をアピールできた。
 “自分は入社したら何がやりたいのか、会社のどんな所に惚れているのか、”--入社意識の強さ、それは、つまり志望動機を言わせることによって会社側も学生の本心を見抜こうとしているのだ。人事の人たちは、学生を見るプロである。何十人、いや、何百人の学生に会っていれば、彼らの目に“これは”と言って留まる学生もいれば、全く目に留まらない学生も多数いるわけだ。
 なぜこの業界を志望したのか、また、業界の数ある企業の中でなぜその会社を選んだのか、自分自身、しっかり考えをまとめておく必要があるだろう。

 面接では、会社の歴史や従業員数など、その類の知識を披露するよりも、面接官たちに
 <感動を与えるような話>
ができれば手ごたえ十分だ。自分の体験談や考えをふまえても面白い。要するに具体的に話すのだ。
 面接官も人間だ。何人もの学生との面接を繰り返すうちに飽きもするだろう。そこで、“おっ”と思わせるような話をする。つまり感動を与えるような印象に残る話をするのだ。目立つ存在になるのだ。自分に興味をもってもらうのだ。
 感動を与えるような話と言っても、“自分は平凡な人間だからそんな話になるようなネタはない”という意味でとってもらっては困る。つまり、そこが「考えをまとめて工夫する」という点であるからだ。
 志望動機を聞かれても、通り一辺倒に“御社が第一志望です--。”とだけ答えるよりも、もっと具体的に、何か自分の特徴や体験談を折りまぜて、“だから御社に惚れました”という方が印象に残り、インパクトも強い。

       (三)

私は春からはY運輸の一社員として働く。去年の暮には三泊四日の研修合宿もあり、大卒の女の子達とはすっかり仲良くなった。三月の末に、今度は全ての新入社員を集めての研修が予定されているが、それもとても楽しみである。
 思えば、この会社に入社するとは思ってもみなかった。
 ではここで、私の就職活動を日記風にたどってみようと思う。(上‥上旬、中‥中旬、下‥下旬を意味する)
三月下-『竜馬がゆく』を読み、深い感銘を受けて土佐へ一人旅に出る。旅先で“大学四年生になります”と言うと“いよいよ就職だね”と言われ、ああ、そうか、と思った。まるで他人事である。十日程の旅を終えて家に帰ると、ポストにはDMが溢れ出ていた。
四月上-「就職活動」といっても具体的に何をすることなのか、まだわかっていなかった。ハガキを書きまくっている友人に驚く。
四月中-学校でも友だちとの間では就職に関する話題が多くなってきた。しかし私はぼちぼちハガキを書く程度だった。
四月下-就職室にぶらりと行ったら、あまりの人の多さに大ショック。さすがにあせった。G・W前に友人M子に小さなコンピューター会社から内定が出た。私は言葉を失った--。
五月上-希望の業界を中心に、その他の上場企業に電話をかけたり、セミナーに参加したり、依然としてハガキを書いたりの忙しい毎日。
五月中-ほぼ毎日、どこかしらのセミナーに参加。OG訪問を開始、クラブや寮の時の先輩も含め、幅広くお会いする。
五月下-一次面接が始まり出した。第一希望のM社の面接もこのころ。
六月上-教育実習のため帰省する。この二週間の穴は非常に痛かった。
六月中、下-面接など、ピークを向かえる。一日平均、二社は面接があった。第一希望のM社に最終段階で落ちる。ショックのあまり、この後、活動を休止してしまう。友人たちの間でもたいていの人は内定を一社はもっていた。
七月上-Y運輸から内定をいただく。その他三社から内定をいただく。
七月中-活動を再開するものの、希望の業界ではどこも採用活動は実質的には一段落着いていた。
七月下-求人票が公開され、なんとなく上場企業を数社受けてみる。
八月上-一社から内定をいただいたが、自分の中ではY運輸に行くことで自分を納得させて一応、活動を終わりにした。
 私は、自分の希望する業界、または会社には就職することができなかった。そして思いもよらなかった会社への就職が決まった。(決めた。)就職活動はガッツポーズで終ったわけではなく、なんとなく“もういいや”という諦めにも似た精神的な疲れで終りにしてしまった。
 Y運輸への就職を告げると、多くの人は、“いい所に決まってよかったね”と言った。しかし、自分の中で整理がついていなかった私に取って、その言葉は、決して嬉しいものではなかった。
 ところが、少し時間がたつと、考え方が変化してきた。
 最終的にこの会社に決めたのは自分だ。面接の時、“御社で働きたいのです”と頭を下げたのは私の方だ。その会社から“うちに来て下さい”とGOサインが出たのだ。こう考えてゆくと、一生懸命仕事をしよう、と思えるようになった。いつまでも、本当は第一希望ではなかった、だなんて言いたくない。楽しく仕事がしたい-。
 そう思い始めると不思議なもので、“Y運輸の車や看板を見たら私のことを思い出してね。そうすれば、みんな一日一回はきっと私のことを思い出すから私を忘れないよ。”などと明るく冗談も言えるようになった。そして会社の研修で、会社の本当の姿が見えてくるようになるにつれて、どんどん好きになっていった。

 希望のスポーツ業界に就職することができなかったのは残念であるが、そうと決めた道以外でも自分は一生懸命やっていける道があるということを運命が教えてくれた。
 就職するにあたり、会社選びの段階で、私は、
 <どうしてもこれだけは譲れない>という項目を書き出した。そしていつもその条件はクリヤーしている会社を選択して活動した。
 失敗しない会社選びのポイントはここにあると思う。これだけは譲れない、ということを明確にするのだ。地元の企業がいい人はそれだけは譲らない。土・日が休みがいい人はそういう会社を中心に活動すればよい。もっと具体的に言うと、出版関係にいきたいのなら、出版会社だけを徹底して活動するのだ。
 このことは、すなわち、
 <的を絞った活動をする>
ということにもなる。
 現在、就職関連の情報誌も多く、とかく私たちは「情報」にまどわされ易い。「情報」は必要なものではあるが、そればかりにたより過ぎると、自分の足元をすくわれることになることも忘れてはならない。マスメディアをとおして、友人をとおして、など、あらゆる所から入ってくる情報を自分の中で処理してゆく力が必要になる。書店には就職活動のマニュアル本もたくさん出ているが、それらにまどわされ、自分を見失なうことなく、納得のいく就職活動を行うことが、つまり、失敗しない会社選びであり、就職である。
 以下、私の体験から、「失敗しない会社選び」でこれだけは、と思ったことをまとめておこう。
 (1)自分を知る-すべての土台はここにある。
 (2)自分の優先順位をはっきりさせる-譲れないこと、これだけは、という項目を挙げてみれば、具体的に会社も見えてくる。
 (3)早め早めに動く-早いにこしたことはない。当然、早い方が意欲的だと思われる。
 (4)的を絞ってじっくり取り組む-あれこれ手を広げすぎると結局何も残らない。
 (5)自分を活用してくれそうな企業、企業部門を選ぶ-つまり自分を知ること。そしてよく会社を研究すること。
 (6)私はここで働きたい、とPRする-何事にも前向きに、自分をアピールする。
 (7)困った時は友人と語ってみる-一人で落ち込んでいても何の解決にもならない。みんな同じように苦しんでいる。何か話してみることで、ふっ切れることもあるし、何か別の考えが浮かぶかも知れない。時には耳よりな情報が得られることも。

        (四)

八月二十九日(木)晴れ。
  旅は終ろうとしている。
   今回、自転車で旅をしたことは、単なる“大学四年生の夏の想い出”にとどまらない大きなものになろうとしている。--就職活動で、希望の会社に就職できなかった私は、お先真っ暗だと思っていた。何の魅力も目標もない単調な日々を送る社会人になんかなりたくない--。何故、自転車で、か。
 人の一生と自転車の旅は似ているかも知れない。電車で行けばいいじゃないか、観光にはバスもいい。自転車なんてただ疲れる。
 坂道を登る時は息が切れて、苦しくてペダルをふむ足はなまりのように重い。“あそこまで行ったらきっと下りだ。”そう思い、目線をなんとか上に向けて歯をくいしばる。“ハア、ハア、ハア。”そしてゆるかな下り。だんだん勢いよく下ってゆく。この爽快感。自転車で登った者にしか味わうことのできない快感だ。吹き出す汗に切る風が気持ち良い。
 登りがなければ下りはない。下りの爽快感を味わうには、歯をくいしばって登らなければならない。逆に、登りがあるってことは、必ず下るんだ。下りの快感が忘れられないからまた登れる。
 人生もそういうものかもしれない。登りもあれば下りもある。苦しい後には楽しみもある。
 もっと広い視野で自分を見てみよう、希望の会社に入社できなかったことは、果たして自分の人生を否定するに値することだろうか。--それは自分にはもっと別の道もある、という意味の運命にもとれるし、可能性の広がりを示すものかも知れない。
 私にとって就職活動は、慣れない山道の登りの最中であった。そこだけを取り上げると苦しく、辛く、結局悲しい物語になってしまうが、それは長い道のりの本の一コマにすぎないのだ。この坂道を登りきると、どんな景色が広がるのだろう。真っ青な海だろうか。それともどこまでも続く山並みだろうか。それは誰にも--勿論、私自身にもわからないのだ。
  今回の旅はそれを私に教えてくれた。
  来年の夏は、今度は有給をとって北海道を走りたいな。
  寝台列車「瀬戸号」東京行き 十三号車三番上段にて--。


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