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「産まなくなった女性たち」
~ラストコロニー(最後の植民地)からの伝言~

山下雅子(日本大学通信部文理学部)

 

 赤ちゃんを抱いた若い母親が電車に乗り込んできた。それまで座っていた年輩の男性がスッと立ち上がり、彼女に席を譲る。自分の父親ほどの年齢の男性に席を譲られて恐縮する若い女性。それでも思いがけない心遣いがとても嬉しかったらしく、にこやかにその親切を受ける。丸々と太った元気な赤ちゃんがキャッキャッと笑っている。初老の男性の白髪が照れくさそうに揺れる。彼は自分の娘や孫のことを思いだして、そんな行動に出たのだろうか。
 こんな光景を私は電車の中で何度か見かけたことがある。仕事に疲れてささくれだった気持ちのときも、思わず微笑みを誘われる優しい風景だ。赤ん坊とは何と徳深い存在なのだろう。疲労をひきずって生きている都市生活者に、普段ならとても似合わない親切と微笑みを起こさせてくれるのだから。

 一、五三ショック、が伝えられたのは昨年一九九一年六月のことである。「一、五三」は、厚生省が発表した九○年度の合計特殊出生率の数値である。合計特殊出生率とは、その国の一人の女性が一生涯に平均して何人の子供を産むかを示す数値である。人口研究家の計算によると、この出生率が二、○八のときに、静止人口の状態になるという。つまり、現在の一、五三という出生率は今後の日本の人口の高齢化と減少化を予言しているのである(厚生省人口問題研究所報告から引用)。
 この出生率低下が社会に引き起こした衝撃を「一、五三ショック」と呼ぶらしい。この「一、五三ショック」なる言葉は一体誰が作り出したのだろうか。おそらく新聞社に勤めるご年輩の男性が作り出したのであろうと私は想像する。この数字にショックを受けたのは、年輩の方々、そしてその中でも特に男性が大半であったろうと思われるから。
 「一、五三」は当の女性たち、出産適齢期の女性たちにとっては、さほど「ショック」な統計結果ではなかったのではないだろうか。「こんなことで何を今さら驚いているの」といった感覚が女性側の率直な感想ではないだろうか。
 子供を育てる、という偉大な仕事はとても面白く、また、困難なものでもある。現実問題として、子育ては女性に負担のかかる仕事である。私は現在、某社の女性事業部に勤務している。二十歳代から四十歳代の女性が多い職場なので、社員が全員揃う日、というのはほとんどない。「子供が熱を出した」「子供の参観日なので」「子供の大学進学の懇談会があるので」といった理由で、大抵、毎日一人くらいは欠勤か早退をしている。幼児に限らず、家事がこなせる高校生の子供の場合でも、働くお母さんは大忙しなのである。
 家庭を持ち、子供を育て、外で働いている女性たちを見ていると、独身の私は本当に感心させられる。彼女たちは睡眠時間は平均四時間程度だそうだ。午後六時に帰宅して十一時過ぎまで一度も座る暇がないくらい家事に追われる。十二時を過ぎてからやっと風呂に入り、就寝。午前五時には起床し、食事を作り、家族をそれぞれの職場や学校へ送りだす。それから自分の出勤である。平凡な中年女性がそんな長時間労働をこなしているのである。
 「だって、私がやらなければ誰もしてくれないもの」と彼女たちは異口同音に言う。夫にあたる人物がバリバリの企業戦士なのか、あるいはどうしようもない怠け者なのか、は知らない。少なくとも家事能力は皆無な人物であることは確かなようだ。家事労働の依存の余地のなさが、彼女たちの多忙さの根幹に存在している。金満国家日本で、彼女たちは狭い家に住み、ほとんど贅沢を知らない。
 「女性は最後の植民地である」という言葉がある。経済学者の言葉だそうだ。家族のためになされている女性の綿々たる家事労働を思うとき、この名言は真に迫るものがある。家事労働には報酬が支払われない。ときおり、新聞の家庭欄などで家事労働の給与額が試算されていたりする。何を基準に試算されているのかは知らないが、平凡な男性の給与をしのぐ金額が弾きだされている場合が多い。「愛する家族の世話をして報酬を要求するなんてとんでもない」と、主婦の鑑はおっしゃるだろう。実に美しい家族愛である。しかし、こういった試算を社会はもう一度考え直す必要があるのではないだろうか。
 私はイギリスを旅したときに、大英博物館を訪問したことがある。展示物の略奪の規模の凄まじさには息を呑んだものである。もし、女性が植民地でなくなり家事労働に正当な報酬が支払われるようになったならば、その集積によって大英博物館がわが国にも一個か二個は誕生するのではないだろうか。
 私は美術館や博物館を見て歩くのが好きで、日本の企業が所有している美術館もいくつか訪問している。外国のオークションにおける日本企業の名画買い漁りが話題になるようになってからすでに久しい。八九年の競売ではピカソの「ピエレットの婚礼」が七五億円で、九○年にはゴッホの「医師ガシェの肖像」が一二四億円、ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」が一一九億円ですべて日本人によって落札されている。これらの「事件」は、落札金額の破格さで世界を震撼させた。
 そんな高額作品を収集している企業美術館を訪問しての私の率直な感想は、不遜ではあるが、「えっ、たったこれだけ?」というものである。先に大英博物館やルーブル美術館を経験していると、日本の企業美術館が何と質素に感じられることか。神殿丸ごと一個に近い大規模な大英コレクションに比べると、単品の価格がどれほど高額であっても、わが国の企業美術館の展示は不均衡で安っぽく感じられてしまう。世界から非難ごうごうの日本企業のアコギさも、ヨーロッパ列強の旧植民地主義に比べれば謙虚なものだと思ってしまうのだ。
 こういった解釈はきわめて危険なものではあるが、ひとつの現実として考えてみる価値はあるだろう。植民地主義の発想と、「一、五三ショック」の発想はどこかで繋がるものがあると私には思われるからだ。綿花の収穫を増やすのと同じ感覚で、出生率を上げる政策の必要を感じてもらっては困るのだ。
 大英のような罪深い博物館は世界に一個で十分である。無料で一般に公開しているのがせめてもの英国の良心ではあろうが。保存処理と維持管理に莫大な費用と人材をかけているのだから、その懐の深さは尊敬に値する。しかし、略奪された側にとっては痛みが残る展示群であることも確かである。植民地主義、というのは、産む性である、女性問題とも深く関わってくるものを含んでいると私は考える。
 ここで一人の女性を簡単に紹介したい。他ならぬ筆者である。私は現在三十二歳にして大学(通信部)の二年に在学している。職業は普通の会社員。幼児教育関係の仕事をしている。私は結婚の経験はなく、出産、子育ての経験もない。私が結婚をしなかった理由は、身体が病弱であるからだ。
 健康に問題を抱えている人は、恵まれた一部の例外を除いて必然的に貧しいものである。私も例外ではない。脆弱な身体であっても、経済的事情と健康保険の必要から勤労を拒否するわけにはいかない。渾身の力をふりしぼって一日働き、わずかな糧を得、帰宅後はぐったり休む。そんな地味な生活を長く続けてきた。いくつかの健康法を実践することによって、少しずつ体力をつけてきた。蓄積したわずかの余裕で外国旅行を楽しんだ。そして、三十歳を過ぎてから大学の通信部へ入学した。
 病弱な私にも今までいくつかの縁談はあった。「身体が弱いからこそ、早く結婚しなさい。一人では食べていけなくても、二人でなら食べていける、という古い言い伝えもあるんですよ。結婚っていうのは、弱くて貧しい者同士が助け合うための知恵なのだから」と、世話好きな人たちから何度も説教されたものである。しかし、私はその親切な説教に素直に従うことができなかった。一般通例より長く未婚でいると中年男性からのイヤがらせも少なくない。だが、ネガティブな理由による有配偶化には抵抗があった。
 闘病生活の中で障害者問題に興味を持つようになった。「病人」とか「障害者」は社会において大抵一つの枠の中に入れられている。いわゆる「弱者」という枠の中に、である。この枠の中に入れられるものとしては、他に「子供、老人、女性、少数民族」などがある。
 「弱者」-イヤな言葉である。しかし、仕方がない。それなりの背景から生まれてきた言葉なのだから。こういった直接的な表現の符牒は、残忍性を含んでいるがゆえに真実を伝える力を持っているのものだ。
 「弱者」の存在価値とは一体何なのだろう、と真剣に考えてみたことがある。自然の摂理の中で、ハエ一匹、雑草一本にも、それなりの役割が与えられているのが地球のシステムである。ハエには天敵の食料としての役割があり、雑草には土に根を張ってから抜かれることによってその土を耕す役割を持っていたりする。あまり望ましい役割ではないかもしれないが、自然の法則には従わなければならない。命あるものにはすべて役割が与えられているのだ。では、「弱者」は一体何のために存在しているのか。
 私なりに考えて、「弱者」の価値を発見した。それは、「地球の生産のリズムを崩して生産スピードを遅らせる役割を担うこと」ではないか。「生産スピードを抑制する」、というのはたいへん価値のある重要な仕事なのではないだろうか。
 もし、この世界が健康で有能な人ばかりになったら、地球はどうなるだろう。健康な人は皆、強い欲望と行動力を持っているものだ。生産性が一気に高まり、いろんなものが作られては消費されていくだろう。そんな高度生産性社会は地球の自給力や自浄力の範囲内で納まってくれるだろうか。現時点でさえ、いろんな歪みが問題となっている。フロンガスによるオゾン層破壊や、核の保管問題、残留農薬の問題、乱伐による森林の破壊等、すでに地球は重度の疲弊状態にある。総人口は五十億人を超えているのだ。耳を澄ませたら、大地から自然の悲鳴が聞こえてくるのではないか。
 「弱者」の価値を自分なりに発見したときから私は生きることがとても気楽に感じられるようになった。「健常者」は生産性にアクセルをかける。「弱者」は生産性にブレーキをかける。そうやって綣蠅貌鷭衆貔さ・惴・・辰謄疋薀ぅ屬垢譴个茲い里澄L斉釮里海箸話・眞里蕕覆ぁ・茲衒屬靴里弔・覆ぢ膸・里六丗垢里燭瓩砲盖・海靴討呂覆蕕覆い里澄・茲・匹Δ覆辰討い襪・錣・蕕覆て擦鯀・蝓・覆・蝓△箸④砲六澆泙襪燭瓩法▲▲・札襪肇屮譟璽④領方が必要である。アクセルはブレーキに依存し、ブレーキはアクセルに依存している。あんまり怠け者でも困るし、傲慢な若い暴走でも困るのだ。バランス、中庸を保つために、天の配剤として「弱者」が備えられているのではないだろうか。
 私は幼児教育関係の教材を販売する仕事をしているため、七歳児までの子供を持つ母親に会う機会が多い。母親たちは大抵、私と同年代である。彼女たちは販売員が自分と同世代であることを確認すると「子供はいるのか」と尋ねてくる。「いない」と答えると、「子供を育てたことのない人には子育ての苦労はわからないわよねぇ」という言葉が必ず返ってくる。
 ほら、またきたワ、と内心思いながら、私はにこやかに応対する。「おっしゃるとおりです。本当に子育てのしんどさは経験者にしかわかりませんものね。でも、イマジネーションって子供の頃から訓練すると身につけることができるのですよ」。そうやって、教材の売り込みへと導入していくのだ。
 子供を持つ人生を経験した人は、子供を持たない人生を経験できない。当たり前のことだ。ちょっと想像すれば誰にでも理解できる単純な仕組みである。経験の内容は全く逆であっても、経験の重さは均等であるといえないだろうか。子供を持たない四十年、五十年の人生が、子供を持った同期間の人生よりも軽いといえるだろうか。あの輝ける愛の伝道者、マザーテレサがもしも子福者であったならば、それでも彼女は現在のマザーたり得たであろうか。イマジネーションは人間だけに与えられている大切な宝物なのだ。
 「産まない権利」を主張する人もいれば、「産みたくても産めない事情」を抱えている人もいるだろう。出産は「性」と「生」に深く関わる問題なので、人それぞれ様々な事情を背負っているものである。
 前衛芸術家のオノ・ヨーコ(一九三三~)は旧財閥系の名門出身。彼女は堕胎経験が八回あるそうだ(一九八一年十二月号プレイボーイ誌におけるジョン&ヨーコインタビュー参照)。ピルがない時代を生きた一人の女性の歴史である。その後、彼女は四十歳を過ぎてから健康な子供を出産しているのだから、その生命力には感心させられる。母性とは何と偉大なものなのだろう。
 シモーヌ・ド・ボーヴォワール(一九○八~八六)は古典的労作「第二の性」によって女性解放思想を提唱した哲学者だ。彼女はフランスで中絶禁止法が施行(年度不明)されそうになったときに、他の有名女性たち(女優や作家、政治家など)と共に反対運動を起こした。『私も中絶した』と書いたプラカードを持っての抗議運動であったという。中絶禁止法はそれによって施行を食い止められたそうだ。その後、ボーヴォワールは運動中の言葉を撤回し、自分は堕胎はしたことがないと言い直している。「あれは方便として行った手段だから」ということだそうだ(何かで読んだ記憶があるのだが、出典は不明)。
 彼女の曖昧な言動は、学者としてはちょっとズルイのではないか、と思えなくもない。しかし、同性として、その心情は理解できる。事実がどちらであったとしても、自分を傷めて反対運動に参加した心意気はたたえるべきであろう。カトリックという厳格な倫理社会の中で育ったボーヴォワールにとっては、たいへんな勇気を要する行動だったはずだ。宗教に厳格性の薄い日本で育ったオノ・ヨーコの潔さとは異質の文化背景を持っているのだから。
 いわゆる「ジャパユキさん」、として日本で風俗営業に関わっていた二十三歳のフィリピン女性のドキュメンタリーをテレビで見たことがある(九一年十月放映テレビ朝日ニュースフロンティア)。彼女は日本で妊娠し、フィリピンへ帰国。堕胎するつもりだったが、「ママがそんなことをしてはいけないと言ったので」出産した。子供の父親はどんな人か、というテレビ局の質問に「ヤクザでした」と彼女は答えていた。
 気の毒な若い母親に抱かれた坊やはとても可愛かった。自分と自分の母親の悲劇にはもちろん無関心である。それゆえにイノセントな笑顔が見る者の心を打った。
 貧困ゆえの出稼ぎから帰宅した愛娘が妊娠していると知ったときに、「産みなさい」と諭す母親の凄さ。これもまた母性の偉大さなのだろうか。あるいは費用や技術の問題で「産む」選択が最も安全だと判断したのか。
 今世紀最高の頭脳の一つ、と呼ばれる学者が中絶を合法化する努力をする。その一方で、自分の名前も満足に書けない無学な人が、自分の娘を諭して私生児を産ませる努力をする。恵まれた環境で育った財閥の出身者が堕胎する。その一方で、今日の食事にもこと欠くスラム街の住人が出産する。「教育」とか「学問」とは一体何なのか。私にはもうわからなくなってくる。偉大な学者の一人、勝海舟の言葉を思い出す。『学者となる学問は容易なるも、無学となる学問は困難なり』。
 極道、と呼ばれている人たちの実態を私は知らない。しかし、心から望んでそうなった人はいないのではないか。日本の社会からオミットされる事情を背負い、その吐け口をさらに弱い外国人の女性労働者へ向ける。暴力や差別は必ず、より弱い者が被るという構造を持っているのだから。
 昨今の出生率及び有配偶率の低下は、現行の男性優位社会に対する「女性の反乱」であるという説がある。この説がまことしやかにあちこちで伝えられている。ある程度は当たっているかもしれない。しかし、そればかりではないだろう。そんなに単純な問題ではないのだ。女性が本能的に感じとっている来世紀への危惧から派生した生産調整であるかもしれないし、疲弊した地球を守るための大キャンペーンであるかもしれないのだ。こういった危機感を自然界から受信する感度は男性よりも女性のほうがすぐれているのだから。 インドの寺院では、男性のシンボルが五穀豊穣の祈りを込めて祀られている。勢いを持った生殖器である男根が生産力の象徴として、崇められるようになったいきさつは簡単に理解できる。生殖において、男性はアクセルであり、女性はブレーキなのかもしれない。生産スピードを抑制するために弱者が存在している、などという発想は、植民地主義や男性の頭脳からはまず出てこないだろう。
 生産とは正反対の破壊においても、男性はアクセルを踏むのが好きだ。戦争はいつだって男が起こす。それに必死でブレーキをかけるのがいつの時代も女の仕事である。現在も、戦争や内乱に苦しむ国々が世界には少なくない。それらの国々は、大抵、女性の発言権が弱いという背景を共通点に持っているものだ。
 昭和三十年代に「未婚の母」として話題になった評論家、桐島洋子(一九三七~)の言葉に『責任を負えば負うほど、私は自由になった』というのがある。私はこの言葉が大好きである。自由への憧れを持ち続け、それを実現するための責任を負う。それが大人の証なのだ。
 文学史上における「未婚の母」の先駆者はロマン・ロラン(一八六六~一九四四)著「魅せられたる魂」に登場する女主人公アンネット・リヴィエールであろう。この大河小説に出て来る文章の一部は私の骨格の一つとなっている。『勤労は権威を備えた唯一の貴族の称号である。創造的人間、すなわち本当に生きている唯一の人間の本質的な力と歓びである』。若い日に出会ったこの言葉に全幅の信頼を寄せて、私はいままで愚直に働いてきた。そして、これからも、安月給やセクハラと闘いながら働き続けていくだろう。
 余談だが、シングルマザーがかっこよくて美しいのは文学と映画の中だけだ。現実社会の中でそういった生き方をしている女性のことを、世間はあっさり「二号さん」と呼ぶのである。女性が真摯に生きることは、何と困難なことか。
 女性の中には「働くことは恥」だと考えている人が現在でも少なくない。それも一つの人生観だと思う。働く女性が増えてきたのと同時にカルチャー有閑マダムも増えてきているのが現状である。私は自分の考え方が最も正しいなどとは考えていない。人それぞれが自分にあった人生を生きれば良いのである。ただ、他人に規格的な人生観を押しつけてはならない、というマナーは守りたいものだ。
 「産まなくなった女性たち」というテーマは、単に出生率低下の問題ではなく、巨大な背景を持った命題である。効率だけを追求してきた高度生産社会に反省を促す機会が与えられているのだ。ここで我々は立ち止まって大地の声に耳を傾けてみる必要があるのではないか。ぷくぷくした可愛い赤ちゃんの無垢な瞳が語る人間の徳性について、今一度考察してみる時期なのではないだろうか。


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