「産まなくなった女性たち」
-乙姫様になりたい症候群-
森山マリエ(慶応義塾大学大学院文学部)
一、序論
現代日本の若い女性達は、子供を欲しがらなくなってきました。それは何故でしょうか。私はそれを、「乙姫様になりたい症候群」と名付けたいと思います。乙姫様は、民話や昔話の中でどのように描かれているでしょうか。現代に至るまでの女性を、やはり昔話によく登場する「鶴女房」と「羽衣天女」に例え、その三つの型をそれぞれ考察し、「乙姫様症候群」が生まれてきた経過を見て行きたいと思います。
さらに、「乙姫様」の魅力と問題点を探り、まとめます。これから、日本女性は、何を求め、どこへ行こうとしているのか、それを考えて行きたいと思います。
二、昔話に見る日本女性の移り変わり
(一)鶴女房に見る伝統的女性
友人A子は、頭が良く能力もあり、一流企業に就職していましたが、長年片想いをしていた男性と結婚し、退職しました。すぐに子供を産み、子育てに専念しています。彼女は友人の誘いも断り、殆ど外出もせず、彼と子供の世話に明け暮れているようです。
彼女は、今までの日本女性の一つの型を代表しています。「鶴女房」です。
鶴女房は、彼女のように、典型的な「無私」の女性です。男に受けた恩を忘れず、「どうか私をあなたの妻にして下さい」とやって来ます。男が断っても聞かず、彼のために尽くします。鶴女房の考えることは全て夫中心です。挙句の果ては、自分の体の羽根を全部むしり取り、裸になって、それで反物を織り、彼に貢ぐのです。小さい頃、このお話を読むと、彼女が哀れに思えてならなかったものです。
この鶴女房は、昔の日本女性を象徴していると思われます。結婚し、子供を生み、自分の身を顧みず、身を削ってでも家庭を守るのです。
(二)羽衣天女に見る一歩進んだ女性
友人B子は、とても才能のあるフルーティストでした。留学の予定もあり、将来を嘱望されていました。でも、そこで或る人と出会い、結婚、子供も産まれます。しかしやはり、音楽への想いを捨て切ることが出来ず、離婚してしまいました。B子は音楽の世界に舞い戻り、今はコンサートを開くなど、活躍しています。子供達は彼女と暮らしていますが、時々は父親とも会っているそうです。
彼女を見ていて思い出すのは、「羽衣天女」のことです。
羽衣天女は、ある日、天から降りて水浴びをしていたところ、男に羽衣を取られてしまいます。「返して下さい。」と懇願しますが、彼は返そうとしません。天女は、その衣が無くては天に帰ることが出来ないので、やむなく地上に残り、男と結婚し、七年の間に三人の子供が産まれます。しかし、天女はいつも天を恋しがり、帰りたいと思っています。ある時、羽衣を見付けると、それを身にまとい天に昇って行きます。天女は三人の子供も天に連れて行こうとしますが、右手に抱いていた三番目の子供をとり落としてしまいます。何と、彼女は落とした子供を探しに帰ろうとはしません。そのまま二人だけを連れて、天の家に帰って行きます。
「羽衣天女」は「鶴女房」から時代は少し下がり、目覚め始めた女性達を象徴しているように思われます。「翔んでる女性」と呼ばれた人々の一部も含まれるのではないでしょうか。彼女達の多くは結婚します。子供も産みます。でも自分だけの生活をどうしても思い切ることが出来ず、遂に「離婚」や「別居」に踏みきります。夫が何と言おうと自分の意志で行動するのです。裁判で親権を争うことがあるかもしれません。子供を失うこともあります。でも、やはり「目覚めた」女性達は、自分のために生きて行こうとするのです。
(三)乙姫様に見る現代の女性
友人C子は、結婚しましたが、夫を日本に残して、自分はアメリカの大学院に入学してしまいました。夫も夫の両親も大反対しましたが、「この機会を逃したくない。」と、今も元気に留学生活を送っています。
友人D子は、結婚せず、好きな男性と付き合いながら、バリバリと男性と対等に仕事をしています。大きなプロジェクトを幾つも抱えて飛び回っています。
友人の多くは、このC子やD子のように生きています。誰に聞いても「子供はいらない。まだ欲しくないわ。面倒だもの。」という答えが返ってきます。彼女達はそれぞれ輝いていて、幸せそうです。
このような彼女達をみていると、「浦島太郎」に出てくる「竜宮のお姫様」を連想してしまいます。
恩返し、という点では、確かに乙姫様も鶴女房と共通する部分があります。でも、鶴女房が自ら男の家を訪れ、彼に尽くしたのに対し、乙姫様は、自宅に浦島を連れて行き、彼を幻惑してしまいます。彼をもてなしはしますが、いわゆる結婚はしません。しかも常に自分がリードする立場にあり、むしろ浦島を縛っているように見えます。勿論、子供も産みません。ただ彼と楽しい時を過ごすのです。浦島が家に帰りたがると、玉手箱を与え、彼を老人にしてしまいます。乙姫様は彼の一生を操り、支配したのです。
これを現代女性に当てはめてみましょう。今の女性は、乙姫様のように、子供を産むことを好みません。必ずしも独身を貫く、というのではありませんが、好きな人がいれば、あえて結婚しなくとも、自由な身でいる方を好みます。現在の束縛の無い生活、自分を最も大事にする生活を手放したくありませんから、子供は欲しくないのです。妊娠や子育ては面倒だからです。将来は欲しいな、と思っても、今のこの若い時代を存分に楽しもうとしています。
次に、何故乙姫様が現代女性をかくも魅きつけるのか、その魅力の原因を見たいと思います。
三、乙姫様の魅力
(一)いつまでも若くて美しいこと
乙姫様は絶世の美人だと言われています。年をとらず、その姿には老いの影がありません。いつの世も、女性は美しくあるために、様々の努力を重ねてきました。時には馬鹿げたことまでもやってきました。現代女性も例外ではありません。それはすべて、乙姫様のように若く美しいままでいたい、その願望の表れと言えましょう。乙姫様は若さと美のシンボルなのです。
(二)束縛されていないこと
一切の束縛から解放されている女性、それが乙姫様です。彼女は結婚していませんし、子供もいません。家事も夫の世話も子育ても何一つする必要がありません。社会的に見ても、良家(王家)のお嬢様ですから、何も責任を問われることがありません。何と自由な身の上でしょうか。お金もあり地位もあり、一生何にも縛られず、安泰に自分のことのみ考えて暮していくことが出来るのです。
(三)自分の好きなことが出来ること
このように、何の束縛も無いのですから、乙姫様は、自分の好きなことを好きなだけすることが出来ます。誰もそれを止められません。彼女は本当に好きなことのみをしていればいいのです。それが彼女の仕事なのです。
(四)まとめ
以上、乙姫様の魅力を三点挙げてみました。現代女性がなぜ彼女になりたがるのか、説明できると思います。若く、美しく、束縛が無く、自分の好きなことだけを好きなようにすること。理想を具現している、と言えます。
しかし、このような乙姫様に問題点は無いのでしょうか。次に幾つかの点を見ていきたいと思います。
四、乙姫様の問題点
(一)若さと美しさはいつまで続くのか
いくら時間の経過の遅い竜宮城でも、いずれは乙姫様も年を取るのではないでしょうか。少なくとも、現代に生きる女性達には、当然、老いはやって来ます。いくら努力しても、いくらあがいても、やはり美貌は衰え、若さは失われます。その事実を、果たして乙姫様は直視できるのでしょうか。「老い」を無視して人間は生きられるのでしょうか。
(二)老後と孤独
何の束縛もなく自由に生きる乙姫様ですが、結婚もせず子供も作らない彼女は、将来どのような老後を迎えるのでしょうか。余程成功するとしても、孤独な晩年になるのではないでしょうか。自由に一人気ままに生きる、ということには、当然その代償があるはずです。
(三)何をするのか
好きなことを好きなだけする、というのは非常に羨しいことですが、実際に何をするのか、は難しい課題です。最近、「何かクリエイティブなことをしたい。」という人が増えていますが、本当に出来るのか、それは誰にも分かりません。芸術家になるには、才能と努力の両方が必要ですし、「女性が子供を産む以上にクリエイティブなことはない」という言葉を聞いたことがあります。キャリアにしても、地道な努力の積み重ねから生まれるものです。好きなものを気が向いた時だけやるというのでは許されません。
(四)子供は本当にいらないのか・人口問題
子供は本当にいらないのでしょうか。シェイクスピアのソネットに、次のような詩句があります。彼の愛した伯爵に当てたもの、と言われていますが、
「きみはやがては訪れるこの終わりにそなえて、その美しい似姿を誰かに分かちあたえておくべきだ。そうすれば、いまは期限つきで借りているその美しさを、期限なしで、いつまでも取っておくことができる」
「たぐいなく美しいものの子孫こそ殖えてほしいのです。そうすれば、美の薔薇が死にたえることはない。
やがて時がきて、年老いたものが亡くなっても、若いあとつぎが面影を伝えてくれようから。」
確かに、若く美しく、才能もある乙姫様に子供がいないのは惜しいことです。乙姫様のような子供が沢山産まれたら、何と素晴らしいことでしょうか。二世スターが続々と誕生するのですから。一般に、「女性が高学歴になると子供が減る」と言われていますが、そういう女性にこそ子供を産んで欲しいのも事実です。エリート主義、とか弱者を捨てる、という意味ではなく、出生率の低下が問題になっている今、乙姫様のような子供達は、きっと世界の危機的状況の中でも力を発揮すると思うのです。
(五)まとめ
以上、乙姫様の問題点を見てきました。人間はいつかは老いて死んでいくものですし、老後の孤独というのは実に寂しいものです。自由に勝手気ままに暮らすというのは、必ずや代償を伴うものです。そのような時、子供は本当にいらないのでしょうか。乙姫様のような女性達が子供を産まない、というのは残念なことではないでしょうか。
五、結論
現代の日本女性が、段々に子供を欲しがらなくなってきたのはなぜか、昔話に出てくる女性像を使って考察してきました。
結婚し、子供を産み、自分の身を削っても家庭を守ってきた、「鶴女房」。
結婚し、子供も産みますが、自分自身の世界が忘れられず、離婚して家を出て行った「羽衣天女」。
結婚にこだわらず、子供も産まず、自分の仕事や好きな事をし、楽しく有意義な生活を送ろうとしている「乙姫様」。
この中で、現代女性は、当然乙姫様に魅かれます。若く美しく、何の束縛も無く、自分のやりたいことを好きなだけしている女性。誰もが「乙姫様になりたい」のです。
今、女性は選択の自由が与えられるようになりました。自分がどんな人生を送りたいのか、選ぶことが出来ます。そして皆が「乙姫様になりたい症候群」に陥っているのです。何が本当に幸せなのか、これから私達はどこに向かっているのか、それは分かりません。でも、民話や昔話の中には古くから、様々な型の女性が現れてきました。乙姫様は現代だけでなく昔から日本にいたのです。単に西欧の女性達に追従するのではなく、私達は真の幸せを求めて、きっと新たな女性像を作り上げていくのだと思います。
参考文献
・関敬吾編 「日本の昔ばなし」(I)(II)(III)岩波文庫
・楠山正雄著「日本の諸国物語」
講談社学術文庫
・同 「日本の古典童話」
講談社学術文庫
・シェイクスピア著「ソネット集」
岩波文庫