脳死・臓器移植論議に欠ける視点とシステム
臓器移植~あなたは患者の立場になって考えられますか?~
平田 道彦
日本の社会は問題解決能力において未熟である。脳死・臓器移植問題はそのことを実証する機会となった。その未熟さ故に、私達の社会は少なくとも以下の二つの点において批判を免れ得ない。
第1に、議論が長すぎた点である。1992年初頭に脳死臨調最終答申が提出されて以来、臓器の移植に関する法案が成立するまでに6年余りが経過している。その問、移植の機会を得られぬままに幾人かの患者が亡くなった。それは一種の見殺しとさえ言えるだろう。治療を希望していた患者の死の前に、すべての議論はいかにその必要性を弁明しようと空しい。
次に、成立した法案が移植医療をとりまく環境に十分配慮できていない点である。社会全体に影響を持つ事件であるにもかかわらず、各分野との調和をはかる視点に欠けている。その為に、実施に際して医療社会としての安全性を保証する機能が弱い法律になってしまった。
私達は長く議論を続けた末に、つまらないものを作った。この愚かさの正体は何か。脳死・臓器移植という新技術の導入に際して、何故私達の社会は効率的に賢明にふるまえなかったのか。本論は、その原因を検討し、日本が早急に構築しなけれぱならない間題解決のためのシステムについて提言する。
脳死・臓器移植問題において配慮すべき筆頭の条件は安全性であった。この場合、その安全とは移植医療に限定した範囲に止まらず、広く医療社会全体を視野に入れたものでなけれぱならない。つまり、医療社会が安心で健全なサービスを提供し、被診療者に信頼される環境であることが、濃狢里・蕕琉椰・・聾紊睚歉擇気譴覆韻譴僂覆蕕覆い箸いΔ海箸任△襦・海療世如・昌猯彡瓦箙餡颪稜Ъ韻鰐世蕕・防埖④靴討い拭・・錫鮠w) その一例として、ここでは救急医療との関連について指摘したい。つまり、脳死体からの移植医療は救急医療から連続して展開されるという現実が、ほとんど間題視されなかったということである。脳死臨調の答申も成立した法案も、そこに言及されているのは専ら患者が脳死になってしまった後にどうするか、という「脳死以後」の事柄である。しかし、脳死者は忽然として出現するのではない。彼らは必ず重症患者や瀕脳死の患者を経由するのだ。そのことを考えてみれぱ、未だ患者が脳死ではない「脳死以前」の時点を視野に入れずに、脳死・臓器移植問題を扱うのは片手落ちである。
それは、救急車到着の時点から臓器移植完了までの詳細なシミュレーションをしてみるとよく解る。重症患者が出現し、搬送を含めた救命救急医療が施行される。しかし残念ながら患者の状態は悪化し、脳死に瀕し、遂に脳死に陥ってしまう。ついで、脳死の判定がなされ、臓器摘出の合意が確認され、臓器の摘出、移植へと移植医療は進むのである。この流れ全般を時間軸に沿って俯瞰する絵巻物を作るのである。脳死体からの臓器移植という日本にとっての新技術が導入されたら、どの分野にどのような影響を及ぼし、どのような事態を招来するのか、その俯瞰図を最初から最後まで眺めながら想像し、検討するのだ。すると、その絵巻物の最初に登場する中心人物、すなわち重症患者がその時点では臓器提供者ではなく、助かりたいと願っている普通の患者であることに気付くであろう。いくらドナーカードを持っていようと、彼はその時点では移植医療から全く切り離された存在である。その彼が、脳死になり、臓器提供者になっていくとしたら、いったい何が保証されなけれぱならないだろうか。
それは、彼に施された搬送時からの救急医療が、正確で十分であったことである。このいわぱ当然の事の保証が、脳死になってしまった彼にとって極めて重要になる。脳死・臓器移植問題の論議中、脳死判定の確実性がひとつの焦点であった。しかし、脳死の彼が本当に知りたいことは、自分が脳死になってしまったことが果たして必然であったかどうか、まずはこの事ではあるまいか。この「脳死の必然性」が確認されない限り、ドナーカードも意味を持ち得ない。
なぜなら、脳死になったら臓器を提供してもよいという善意も、その脳死が最善の努力にもかかわらず避けられなかったのであれぱ、という暗黙の前提に立っているはずだからである。「脳死以後は喜んで臓器を提供しましょう。しかし、脳死以前の時点では、自分のために、脳死を避けるための最善の医療行為をして欲しい。」この患者としての当然の権利が保証されないなら、脳死判定をいくら厳密にしたところで、それ以後に進んでいく移植医療の倫理性に疑問を残すことになる。「脳死になったことは判定によって確められるが、脳死にまで至ってしまったことは、本当に避け得ないことだったのか。」この疑問を脳死者をとりまく近親者に残したままに、移植医療のストーリーを進ませてよいものか。決してそうではない。そのような臓器移植は臓器提供者の善意を正しく尊重するものではない。同時に、それはレシピエントの幸福にもつながらないのではないか。脳死の必然性が確証された上での善意が生かされていく移植医療の中でこそ、レシピエントも安心して移植の効果を享受できるのだ。性急に移植だけを可能にしても、それは成熟した医療社会とは言えまい。ドナーとレシピエントと、さらには彼らをとりまく人々の人権と意志が尊重される医療世界でのみ移植技術が生かされるのである。その成熟した医療世界の鍵のひとつが救急医療との接点にある。
救急医療との関わりは、脳死・臓器移植問題の倫理的な解決をはかる為に最優先されなければならない重要な課題なのである。
具体的には、次のような事項があげられるであろう。病院到着前の治療行為は、脳死を避ける意味で瀕脳死の患者にとって十分だったかどうか。傷害発生後の初期30分の診療は救命や脳の機能保全に極めて重要と言われるが、それにあたる医師やスタッフの資格や能力について検討しなくていいのか。瀕脳死患者に対する救命医療の技術的なスタンダードは必要ないのか。救急の現場の診療内容開示を義務づけなくてよいか。診療記録へのアクセス権を患者家族に保証しなくてよいか。等々。この局面だけをとっても脳死体からの移植が実施される際に浮上しうる問題は少なくない。今日、医の倫理という言葉は、単に医療者の思考やふるまいの問題にだけ関わるのではない。ある医療技術の導入や医療行為によって、誰一人として被害を受けさせないという社会としての永続的な決意をもその内容に含むのである。その決意をもって、移植医療の俯瞰図を見つめなければならない。
しかし、繰り返すが、法案は「脳死以前」の問題である救急医療との接点に言及していない。問題を移植医療をとりまく様々な分野と関連づけながら解決していく姿勢に乏しかったことが、法律の持つ視野を狭いものにしてしまったのだ。
脳死臨調は、移植実施の前に解決されておくべきこと、実施と同時進行で解決すれぱよい事、長く継続して見直されるべき事をシミユレーションに基づいて議論の早期に分類し明示するべきであった。そうすれば法案の審議は格段に効率的になったに違いない。そして、法案は脳死体からの移植に伴う諸々の事態に対処しうる豊かで力量のあるものに成長したであろう。
「脳死は人の死か。」といった抽象論に時問を費やす前に、それは最優先の作業であったのだ。それを怠って、6年の時間を半ば空費したことの責任は重い。倫理力なるものがあるとするなら、脳死臨調も国会もその力は極めて脆弱であった。
脳死が人の死かどうか、を議論してはいけないとは言わない。しかし、それは脳死・臓器移植問題の中心事項ではないのだ。なぜなら、その論議の終着点がどのようであれ、臓器不全患者の治療を早急にしなけれぱならないという原則は曲げられないからである。であるからこそ、中心に据えられるべき案件とは、脳死体からの臓器摘出という荒技がこの社会においてなされる時に、そのために誰ひとりとして、いかなる被害をも被らない為にはどのようなことが最低限必要か、このことなのである。患者に移植の機会を提供するための社会的なルールが急がれるが、その実施の結果、誰かが人権を阻害されたり、納得のいかない思いのままに放置されたりしてはならない。そのためには、どのような施策をひき、どのような監査機構を臓器移植医療の中に機能させるべきか。そういう姿勢で議論を進めるべきであったのだ。それは迂遠なようであるが、臓器移植の倫理的な導入という解決への最短路だったのである。
最緊急で要求されていることを強く認識し、その為に必要とされる事項を明らかに示し、実施の際の悪影響をあらゆる範囲にわたって見逃さず、徹底して除去する。この決意が脳死・臓器移植問題の解決には必須だった。それがあって初めて、脳死体からの臓器移植という技術は社会に生着して、健全に機能していく可能性を持つのである。
その決意の有り様は、治療医学的な思考パターンにきわめて似ている。
患者を治療しようとする時、医師はまず患者の状態を分析し、重要で緊急を要する順に問題点を羅列する。そして、患者にとって有益で有効と思われる処方や手術を順次計画するが、同時に彼はその副作用を用心深く予想し、予防と抑制と早期発見に努力をいとわない。優秀な医師ほどその行動は正確で鋭い。この様な努力は表面には出ないが、実は医療が癒しの業として機能する要件なのである。この要件が忘れ去られるとき、多くの薬物は毒の色合いを強くし、外科手術は侵襲のみ多い結果を患者にもたらす。
この治療医学的な思考と行為こそ、脳死・臓器移植のような問題の解決に際して要求されるものなのである。臓器不全の患者に脳死体からの移植という治療のチャンスを国内で与えられないこと。これは日本の社会が陥っているひとつの機能不全とみなすことができる。その機能不全状態を脳死・臓器移植という新技術の導入で治療するといった感覚が必要とされるのである。法案が成立した今後、脳死体からの臓器移植が本論で指摘したように不十分な準備のままに施行されるであろう。その時に備えて、その治療行為の副作用を予防し、周到に見張っていく集団やシステムを私達は社会的な装置として開発しなけれぱならない。
しかし、それらの設立は決して容易ではない。治療医学は一人の人間に対してなら方法論として強力であるが、それを脳死・臓器移植の問題にそのまま応用することはできない。それは脳死・臓器移植の問題で取り扱われる「人間の生と死」が極めて多面的であるためだ。医学的であり、制度的であり、同時に社会的で、極めて個人的であるような「人間の生と死」の実相を、自在に分断し、分析し、再び統合して扱うことができる方法論を筆者は知らない。しかし、その方法論は自分の専門領域に閉じこもらず、他の分野にも実感を伴った理解を持つことができる自由な精神を基本としなければならないことは想像できる。そのような精神を函養する学問は未だ育っていないのではないか。
このことが、私達の社会に、「生と死」に関する問題を解決していく集団が形成されにくい原因のひとつであろう。
この状況の打破のためには、一種のものの考え方のリニューアルが必要である。専門という固定した立場によらない、新しいフォームの思考法を編み出さねばならない。なぜなら、今日「人間の生と死」は全く固定されず、一面的には決して捉えきれない代物だからである。流動的で柔らかいと、言ってもいい。それを扱うには、流動的で柔らかい姿勢と思考こそふさわしいではないか。それがなかったが故に、あるいはそのような精神性を持とうとしなかったが故に、脳死・臓器移植問題の取り扱いは、人間の死を法律によって規定し直すという硬質な解決に追いやられてしまったのだ。
流動する「生と死」を扱いうる学問の創生は、脳死・臓器移植の問題に限らず、今後ますます重要になると思われる。生命科学技術の進歩は急速で激しく、その導入に伴い、私達の社会は次々に脳死・臓器移植に匹敵する問題を突きつけられてくるからである。その時、私達の社会は先鋭的な科学技術と良好で健全な関係を保ちつつ、さらに成熟していかねぱならない。その為に、社会を治療する姿勢で行動する制度的な発明と、その行動を支える学問の出現が待たれる。
脳死・臓器移植の技術は新しいカニバリズムを招くという指摘もあるが、互いに癒し合うという共存の世界への可能性を秘めてもいるのだ。私達は脳死・臓器移植問題を、私達の医療社会に成熟を促すひとつの契機として認識しなければならないのではないか。そして、臓器不足などの言葉に象徴される「奪い合う生命観」が跋扈する世界ではなく、「支え合う生命観」が醸成される世界を眺望したいものである。森岡正博氏の提唱する生命学はそのような世界を射程に置くものと理解して、今後の発展に期待している。
古来、上医は国を癒す、と言う。本当の名医は、病を癒すことにとどまらず、社会制度を整備し、人間が健康に生きていける世界を創ることに貢献するという指摘である。しかし、脳死と臓器移植の問題はひとりの上医では手に負えないものをはらんでいる。ひとりの人間の死が、他のある人間の生に直結するという厳しい現実が私達に突きつけてくるものは、ある一つの価値体系の中で処理できるような容量ではない。そのことだけは、私達ははっきりと学んだと言えるだろう。相手の身になって考えるという倫理の基本は、個人の信念、態度に収束するのではなく、医療社会の中でいつも新しく問われ、広く展開され、深く掘り下げられていかねばならない。その作業を社会との密な連絡のもとに展開し、具体策を発信して実行するシステムこそ、この国に待望される新しい上医の姿であると考える。
<参考文献>
(1)朝日新聞92.01.23朝刊 脳死臨調答申<要旨>
(2)臓器の移植に関する法律案
1997年6月17日、衆参両院で可決成立したもの
(3)森岡正博:「脳死の人」、東京書籍、1989
(4)「国語」晋語八
●受賞にあたっての感想
私は麻酔・集中治療という医学の中でも最も人間を機械的な存在として見る分野で働いています。患者さんを呼吸や循環の生理的機能の統合体として観察し、治療を試みています。「ヒューマニズムが最も声高に叫ばれている病院こそ、もっともヒューマニズムが抑圧されている。」とは、誰の皮肉だったか忘れましたが、それが時に現実にとなる仕事場です。
近代化学は「操作」という化け物を生み出しました。「操作される人間」が「人間」であり続けるために、つまり私が「人間」と出会い、つきあっていくために、何を想い出さねばならないのか。何を新しく作り出さねばならないのか。それは手術室やICUのモニター音に囲まれながら、遠く、間近く、いつもある問題です。
今回は脳死・臓器移植の問題を、科学技術の社会への応用の問題として書きました。トーマス・エジソンの名前を冠した賞を戴いて、本当に光栄です。
●略歴
1958年福岡県生
福岡県立修猷館高校卒業
佐賀医科大学卒業
現在、唐津赤十字病院麻酔科部長、集中治療室室長
日本麻酔学会認定麻酔指導医
日本キリスト者医科連盟会員