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GEメディカルシステム(日本) - エッセイコンテスト
第18回 GEヘルスケア・エッセイ大賞

大賞

 

手術後の心を伝える
~乳がん患者からの提言

 
谷津 泉(やつ いずみ)
 

 「そりゃあもう、ひどいものよ。おっぱいをべったりと、ピザ生地みたいにつぶして、乳首まで、十円玉みたいになっちゃうの。それが可笑しくて笑いたいのに、痛くて笑うこともできないのよ。マンモグラフィーなんて、もう、こりごり。子宮がん検診だっていやだけど、マンモのほうが、もっとしんどいわ。」
  これは、ランチの席での友人の言葉。彼女は自分でしこりに気づき、検査に出向いたが幸いにして結果は良性の繊維腺腫。ほっとしたところで、さっそく報告会さながらランチに誘ってくれたのだが、彼女は、私が二年前に乳がんで左乳房を全部摘出していることを、知らない。
「でも、良性のものだったから、そう言えるってこともあるわよ。私の知り合いでも、乳がんが見つかったときは、もう乳房温存は無理なくらいに大きくなっていて、全摘した人もいるのよ。」
  と、自分のことを他人事のようにして、言葉を返す。
  このようなやりとりを、何度か経験している。職場の休憩室、PTAの打ち上げ会などで、女性だけの集まりになると、「マンモグラフィーの経験者は語る」というのが、その場の雰囲気を盛り上げることもある。水をさすようなことは言わないが、その話題で笑えない私は、思う。こうしてまた、マンモグラフィー検診の受診者をいたずらに減らしてしまう事態はなんとか避けなければいけない、と。それで、少し間をおいて、こんなことを言ってみたりもする。
「はあ、もう、四十の声を聞くと人生半分で、折り返し地点だものね。それでも、子供はまだまだ手間もお金もかかるし、病気なんてしていられないと思うと、マンモグラフィーでおっぱいがどうなったって、早期発見で命拾いした人もいるんだから、検査だけは受けておいたほうがいいわね。」
  二年前、左乳房のしこりに気が付いてがんを見つけたとき、もちろんマンモグラフィーを経験した。たしかに、多くの経験者が大げさに吹聴したくなるくらい、初めての人にとっては驚きを伴う検査だと思う。
  しかし、検査の結果、がんではないと判断された、つまり大部分の受診者のなかで、マンモグラフィーの検査経験を「痛い」「可笑しい」「もうこりごり」と伝える人が後を断たないのは残念なことだ。マンモグラフィーが話題になる場所にいて感じるのは、最近乳がんの発生率が急増している三十歳代から四十歳代の女性たちの、驚くほどに希薄な危機感である。
  しかし、かく言う私も、告知のそのときまで、まさか乳がんではないだろうとタカをくくっていたのだ。そして、さらに、告知されても「乳がんは、とっちゃえば、大丈夫。」などといって、不安を解消しようとした。
  乳がんになっても、手術後の再発もなく、元気に過ごしている人はたくさんいる。肺がんや大腸がん、肝臓がんなどに比べると、乳がんは予後の比較的良好ながんだといえる。しかし、そういった認識がなおさら「万一乳がんでも、命まではとられまい。」といった楽観を呼び、危機感をなくし、検診への足を遠のかせていると思う。また、女性の四十歳代というと、既婚未婚を問わず、自分のことにかまっている時間がないのが普通だ。結婚して子育て中の人は、そろそろ末っ子も小学生になり、仕事を再開して、子育てと仕事の両立に毎日休む間もない。結婚せずにキャリアウーマンの道を選んだ友人も何人かいるが、聞けば毎日残業で、ちょっと熱が出たぐらいでは休めないようなポストにある。自分のことは最後にするのが当然、という日々を送る女性たちは、そのストレスがどれほどのリスクをともなうかを知らなすぎる。それほど忙しい日々を過ごす女性たちだからこそ、なんとか時間を捻出して、検診を受けるべきである。日曜日に検診ができれば、少しは受診者も増えるのではないだろうか。
  相当な危機感を持ってもらうために必要なことは、「乳がんはとってしまえば終わり」ではないということをもっと知ってもらうことだ。再発への不安がどれほど心を蝕むか、そして、触診でわかる以前にマンモグラフィーで小さながんを発見し、切除できれば、その不安をゼロにはできなくても、最小限にすることができるということを、もっと知ってもらうべきだ。手術は終わりではなく、むしろ始まりである。
  がんが小さいうちに発見できれば、それだけ治癒率も高いということは、誰もが知っている。しかし、治癒率、再発率、生存率といった数字におびえながら生きている手術後のがん患者の心の闇の深さを知る人は少ない。がんが苦しいのは、抗がん剤の副作用だけではなく、その不安ゆえである。乳がんの術後しばらくの間は乳房を失った喪失感と、再発への不安がともに心の底に沈殿して、闇の中をさまよう様な日々を送る人が殆どだ。うつ病になる人もいる。家族の中心にいる主婦の心が塞げば夫や子供の笑顔も失われていく。
  私のがんは、手術時、大きさが二、五センチだった。乳がんは進行度により五段階に分類するが、二センチ以上のがんはステージⅡで、二センチより小さいステージⅠのがんより生存率も治癒率も当然低い。場所が乳頭に近すぎて、温存はむずかしいと言われた時、どうしても温存したいと言えばそれも可能だったかも知れないが、二児の母としては、温存より再発の可能性がわずかでも少ない全摘のほうを選んだ。ホルモン療法で、三十八歳にして女性ホルモンの分泌を止めてしまっているので、強い更年期障害の諸症状に悩まされてはいるが、命を延ばすためだと思って治療を続けている。また、手術後しばらくはさすがに温泉などの公共浴場へは行けなかったが、最近になってようやく、私の胸を見て検診を受ける人が増えればよいと思い直し、覚悟を決めて入っていけるようになった。乳房をなくした喪失感はいまだ消えないけれど。
  手術後、入浴許可がおりて、初めて子供たちと入浴した日のことは一生忘れられないだろう。大好きなおっぱいがなくなったかわりにそこに鎮座している傷跡を見て、当時七歳と三歳だった子供たちは、一生懸命平気を装った。三歳の娘は、翌日公園の砂場で、おっぱいのお墓を作ってくれた。七歳だった長男はもうすぐ十歳。母親の病気のこともしっかりと受けとめられるようになったが、深い不安に陥る時もあろうと思う。
  家族で過ごす週末、公園で遊びまわる子供たちを見ながら、「どうか、この子たちが親を必要としなくなるまで、生きていられますように。」と切実に願う。もしも、マンモグラフィーで、がんがもっと小さいうちに見つけていれば・・・そう思うときにはもう遅いのだ。本当の初期に小さな温存手術で済んで、九十%治りますと言われるのと、乳房をまるごと失ってハイリスクだと言われるのとでは、受けるダメージの大きさが天と地ほど違う。術後の心の明暗を分けるといっても過言ではないだろう。
  乳がん患者たちの、経験と実感を言葉にしてコマーシャルやポスターを作る方法もある。たとえば、こんな。
  乳がんは、とって終わりではありません。手術の後の幸福のために、マンモグラフィーで、小さながんを、早く見つけてください。


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