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GEメディカルシステム(日本) - エッセイコンテスト
第17回 GE横河メディカル・Essay大賞

優秀賞

再生へ・乳ガンヌードの記念写真

 
川上 きのぶ(陶芸家)
 

「じゃあ、そろそろいこうか」というカメラマンの声に、大きく深呼吸してバスローブを脱ぐと、スタジオのまぶしさに思わずくらくらした。 髪の毛のないスキンヘッドにライトが直接当たっているせいだけではない。何人もの撮影スタッフの前に、何も身につけていない裸身をさらしているという緊張感で、 頭にも血がのぼっているのだろう。でも、抗癌剤の影響で血圧もずいぶん下がっているに違いないから、かえって良いのかも知れない。
手術の傷跡が残る乳房を気にしつつ、カメラマンの注文にポーズをとりながら思い返していた。「どうして乳ガン患者が、ヌードなんか撮ることになったんだろう?」

美術系の大学を卒業後、都内のデザイン会社で知りあった今の夫と結婚し、東京郊外に陶芸の工房を開いて10年がたった。 作品もなんとか納得のいくものが作れるようになってきて、何回か個展が開けるくらい仕事にも油が乗っていた。 夫婦どちらもが美術関係の自営業なので、収入はとても不安定で、教育費も補助金のお世話になるほどだったが、 自分で選択し、その結果は自分で責任をとる生き方は、今後も変えるつもりはなかった。
ところがそんな折、入浴時に発見したしこりが、検査の結果乳ガンであることがわかり、生活は一変した。 次から次へとこなしていかなければならない診察、検査、入院、手術、抗癌剤の投与...。激しい流れにもみくちゃにされながらボートで下るような毎日だ。 自分がどういう状態にあるのか、確認することだけに必死で、嘆いている暇などなかった。

しかし抗ガン剤の副作用は、想像以上だった。最もショックだったのは、背中まであった髪がごっそりと抜け落ちてしまったことだ。 しかも少しずつではなく、ある日髪を洗っていたとき突然に。引っぱるたびに何の抵抗もなく抜けてくる、両手いっぱいの髪の毛には、衝撃を通り越して笑うしかない。 髪の毛の山をやっと片付け、風呂から上がって鏡をのぞくと、地肌にわずかな髪が張りついている、イメージ通りのガン患者の顔があった。
さすがにここまで来ると「自分は乳ガンなのだ」という現実を、しっかり自覚せざるを得ない。腫瘍が見つかって以来、戦場にいるような高揚感でガンに向かい合ってきたのが、 一気に引きずり落とされてしまった感じだ。抗癌剤のために完全に脱毛してしまうことは分かっていたのだが、実際に感じた喪失感は、腫瘍を摘出した時よりずっと大きかった。 思わず涙がこみあげてきた。今まで決して考えないようにしてきた「何で自分がこんな目に会うんだろう」という気持ちを、押さえることができなくなってしまったのだ。 自分を哀れむ自分が、また哀れに思えてしまう、マイナス思考のドミノ現象。そのまま泣き崩れてしまったら、きっと底なしの鬱状態へと沈みこんで行っただろう。

ところが夫は、そんな気持ちを吹き飛ばしてしまうほど、意外な言葉を口にした。
「きれいさっぱり刈っちゃおうよ。その方がカツラをつける時も楽なんじゃない?」見ると彼の手には、電気バリカンが握られているではないか。 妻が髪の毛を失って落ちこんでいるのに何ごとだと思ったが、彼はごくごく真面目な顔で、揶揄っている様子は微塵もない。 たしかに、長い髪をまばらに残しておいたところで格好悪いだけだ。しかし、何もバリカンで刈り尽くすこともないだろう。ちょっとは別れを惜しませてほしいものだ。 まったく女心がわからないんだから...。そんな、怒りやら当惑やら未練やらがごちゃまぜになった感情に、涙は脇へ押しやられてしまい、なすがままになっていた。
そんな心を知ってか知らずか、10分足らずですべて刈り上げてしまった彼に「ほら、スッキリした」と言われて、恐る恐る鏡をのぞく。 「まあ、シガニー・ウィーバーというよりは、アニメの一休さんかな。」そんな言葉に思わず吹き出してしまった時には、さっきまでの落ち込みはどこかへ消え、 それと同時にしばらく忘れていた、陶芸に取り組んでいたころの記憶がよみがえってきた。
いくら精魂こめて作った作品だって、うまく焼き上がらなかった時は、思いきりよく叩き割ったものだ。限られた条件の中でも、今できることに最善を尽くし、 結果から目を背けないでしっかり受け止めるのが、もの創りを生業とする者の生き方ではないか。 失敗や失ったものについて、いつまでも悔やんでいてもしょうがない。それならば、自分自身の病気と向き合う姿勢だって、そんな生き方と同じであるべきだ。
どうやら夫は、髪への未練をバリカンできれいさっぱりと絶つことによって、もの創りとしての魂を思い出させてくれたようだ。

つるつるのスキンヘッドを見ているうちに、なんだか愉快な気持ちになってきて、一つのアイデアが閃いた。 この頭を写真に撮ろう!それもスナップではなく、スタジオで記念撮影をするのだ!結婚、誕生、進学と、記念写真の多くは、幸せの絶頂で撮影される。 しかし、年月を経てそれらを目にしても、寂寥感ばかり感じるのは経験済みだ。それなら多くのものを失った今こそ、再生の第一歩へ、記念になる一枚を残すべきではないか。
夫と友人のカメラマンに相談すると、すぐに賛成して、撮影の段取りに入った。ところがしばらくして彼らが持ってきたのは、とんでもない提案だった。 頭だけではなく、すべてをさらしてヌード写真を撮るべきだと言うのだ。
「だって、失ったのは髪の毛だけじゃないだろう?胸にも傷がついて、ヘアまで抜けてしまったありのままの姿を撮影してこそ、再生に賭ける心情が表現できるんじゃないか。」
こいつら、うまいこと言って、ただ裸を見たいだけで共謀してるんじゃないのかと勘ぐったものの、まるでこっちの考えを先取りしたようなこの意見には、納得するしかない。
こうして冒頭のスタジオ撮影シーンになったわけである。
後から考えると、撮影当日は白血球値がいちばん下がっていた時期らしい。くらくらしたのはそのせいもあったのだろう。 もっとも、そんなことが分かっていたら、5時間以上におよぶ撮影なんていう無茶はしなかった。 しかしかえってそのことで、この撮影が再生へのターニングポイントであることを、自分の中に深く刻みつけることが出来たのだ。

100枚以上の写真の中でのお気に入りは、パンクロッカーの息子に借りた鋲だらけのジャケットをはおって、 カメラに向かって中指を立てているやつだ。「Fuck you!」と言う相手は、乳ガンでもあり、それに負けそうになる自分でもある。 治療はまだ続くが、万が一、ガンが再発して力尽きるようなことがあったら、葬式に使う写真はこの一枚にしよう。

 


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