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乳がんを患って左胸を失ったとき母は30歳だった。当時4歳だった私の記憶にある母の胸は、だから乳房が片方しかない。
自分が30歳になった時この年で母は片方の乳房を失ったのかと私は慄然とした。子供を二人抱えていた母と未婚の私は社会的立場が違う。
母は離婚を覚悟したと言うし、私が今乳がんになったら子供を持つことを諦るかもしれない。だが同じ女性として若くして乳房を失うことの精神的苦痛、
葛藤に変わりはないだろう。加えて母には子供を遺して死ぬ恐怖もあったのだ。
健康に人一倍気を使う母は「乳がん患者の娘は罹患率が高い」と昔から私と妹に乳がん検診を受けるよう勧めて来た。
一番身近な人間が乳がんを患い、自らもそれを患う可能性があり、また留学先の英米で女性の健康に取り組む制度を体験してきた人間として、
発症率も死亡率も増加している日本の乳がん対策の問題点を指摘したい。
今回提言を書くに当たって日本の状況については母の手術当時(1977年手術)の状況、国際ジャーナリスト故千葉敦子さん(1981年発病)の著作、
インターネットの乳がん患者の体験やデータを参考にしたが、日本の乳がんに対する認識は30年前から悲しい程変わっていなかった。
この30年には、マンモグラフィなど優れた医療機器が登場している。
にもかかわらず日本における乳がん死亡率の急増は、敬意を欠く医療者、女性の意識の低さとその根本にある文化、そして国家の医療としての取り組みの遅れが原因である。
1.治療する側
末期まで母の癌が進行したのは医師の判断ミスが原因であった。腫瘍ではないかという母の訴えを「これは癌じゃない。
ご主人が可愛がりすぎてるだけ」と医師は一笑に付した。病院に勤務する叔母が変形、変色した母の乳房を見てすぐ受診するように勧めた大学病院で
母は乳がんと宣告された。その医師は腫瘍を触知できなかったのみならず、患者の積極的に治療しようとする姿勢も早期治療の可能性も奪ったのである。
約26年前の話であるが、インターネットを見れば乳がんを含め、婦人科の病気にかかり医療者の無神経なコメントや態度に傷つく女性は今でも少なくない。
乳がん検診に大学病院に行き、同意なしにたくさんの医学生に触診されるなど患者の人権を無視した話をよく聞く。
乳がんや子宮ガンが他の癌と違うのは女性の診察に対する心理的負担が大きいところである。
米国のある医大ではこの負担を減らすために日本では考えられないような対策を講じている。
米国の大学で”Women’s Health”という講義を受けたとき、助産婦やレズビアンなど外部のゲストスピーカーから米国女性の健康への取り組みを様々な視点から
教えてもらったが、一番記憶に残っているのは「産婦人科や婦人科を専攻する医大生に女性の裸を見たり触れたりするときの心得、患者を不安、
不快にさせないよう敬意を持って体に触れることを身をもって教えた」という女性の話だった。
彼女は普通の大学生だが医学部と契約して指導助手の立場で医学生に婦人科の診察を練習させていた。
具体的には医者と患者としてカウンセリングをし、自分の性器や乳房に触れさせ、検査器具を挿入させ、薬を塗布させる。
その後「あの時、あなたの手が鼠頸部に触れたのが、不快だった」「乳がんのカウンセリングの時は、もっと同情をこめた態度を示して欲しい」などと
フィードバックをするというものだった。このシステムが全米の医学部で行われているのかどうかは記憶にないが、私は非常に驚き、
またそこまで女性の精神に配慮した教育に感動した。
彼女自身「仕事に誇りを持っているし、一緒に練習を行った医学生にキャンパスで出くわした時も敬意を持って対応してくれた」と語っていた。
私自身婦人科以外に眼科や歯科で嫌な思いをしたことがある。
性的なものではなく、敬語を使えない目を見て話せないという社会人の最低限のマナーをわきまえていない医者は多い。
子宮ガンや乳がん検診は、多かれ少なかれ女性が一番無防備だと感じる場面だ。友人の医者は男性だが下半身裸で内診台に座ったことがあるそうだ。
「あれほど怖い、不安な姿勢は初めてだった」という彼は、以後患者の不安を非常によく理解できるようになったと言う。
感受性やマナーは一番教育が難しい。米国の例を日本で全く同じように採用する必要はないが、
女性の乳がん検診に対する心の垣根を取り除くべく日本の医療関係者は真剣に医療者の教育を考えて欲しい。
2.治療を受ける側
だが、医療者側の不適切な対応や不安は検診を受けない理由にはならない。それは医療を受ける権利の放棄である。
米国と英国に留学したとき、最初の健康診断で膣内の組織細胞を採取すると言われた。
それが両国の女子高生(女子大生)の義務と知って非常に驚いたが、日本にはそんな義務がないというとむこうも驚いていた。乳がんの検査も無料だった。
だが私が何より驚いたのは留学するほど国際的で、専門知識を有しているはずの日本人の仲間が全員それを断ったことである。
理由は「ためらいがある」からだった。彼女たちの多くは乳がんの触診も経験したことがないと言っていた。
問題はこの「医療を放棄する姿勢」を「恥じらい」と肯定する文化が日本には今も根強くあることである。
たとえば日本人女子留学生たち(二人の子供を持つ50歳の母親も含む)が上記の健康診断を拒否したと聞いて英国人は男女とも目をむいて驚いていたが、
日本人の男子学生は「日本人はシャイだから」と理解を示していた。「シャイだろうと日本人だろうと癌になるんだよ」と中国人留学生が呟いていた。
日本では乳がん検診を受ける人が欧米と比較して少なく、発見の遅れにつながっている。せめて大学で乳がん検診を義務付ければ検診への抵抗は減り、
がんの発症率の高い年齢になっても受診しやすいのではないだろうか。
3.病気との共存を可能にする社会
乳がんの恐ろしさは、死の可能性に加え、乳房を失うことにある。だが乳房は再建可能なのに日本人の乳がん切除患者で乳房の再建を受ける人は
欧米に比べてはるかに少ない。千葉敦子さんは日本人の「癌患者は治療に専念し、命があっただけで感謝すべき」という態度を指摘している。
周知のように日本人女性は世界最長の寿命を誇るので、乳がん患者に限らず障害や病気を抱えながら生きる時間は長くなってきている。
しかし障害者や闘病者に対して日本社会の視線は冷たい。心身ともに全く欠陥のない人など小数だろうに異形の人を排除し、自分たちと同じ権利を認めようとしない。
先日も横浜市で障害者の性介護を扱った映像が「わいせつ物」として上映中止になった。性も人生も健常者のみの権利と言わんばかりである。
そんな社会においては病気そのものよりも、それによって社会的に「女性」でなくなり、「乳がん患者」というレッテルを貼られ、
病気と共存しながら人生を楽しむ権利が奪われてしまうことのほうがはるかに恐ろしい。
手術を受けた病院から毎年母に「ご存命ならば返信して下さい」という葉書が届く。30年近く変わらぬその無神経な文言に小さく傷つきながら、
母はまた一年生き延びたこと祝う。女性が権利として乳がん検診を受け、敬意のある治療が行われ、乳がんを克服した生存者が、
乳がんにかからなかった場合と同じくらい人生を享受できるほど日本が社会制度、文化、医療の面で成熟することを願う。
参考文献
千葉敦子「わたしの乳房再建」「乳ガンなんかに敗けられない」
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