魔法のポンプだと思った。
このポンプを使った人は皆幸せな最後が送れると、無意識のうちにそう思っていたんだと思う。
HPN(在宅中心静脈栄養法)は従来病院 で行われていた中心静脈栄養法を家庭で行うことをいう。
専用のベストに点滴の袋を付け、点滴チューブをHPNポンプにセットする。
そうするとポンプが指定した量だけ液を体内に注入してくれる。
タバコの箱2コ分くらいの大きさのポンプでベストの上からジャケットをはおればまず
誰も気付かない。
点滴棒がいらないのだ。
これにより中心静脈栄養法でしか栄養摂取できない人々が家庭や職場に復帰できるようになり、QOL(生活の質)を向上させるこ
とができる。
最初にこのポンプを使った患者さんはこの ポンプを付けてつりに行ったり旅行に行ったりして余生を過ごすことができた。
そしてある患者さんは絶望視されていた娘さんの結婚式に出席し、さらにその娘さんと腕を組んでバージンロードを歩いた。
家に帰りたいが点滴をうけなければ生きることができない。
そんな人達が多かった当時私が働いていた 消化器外科病棟ではこのポンプが2台あった。
そしてそれを何人かの患者さんが使い、そ れぞれの最後をきっと満足して生きた。
ただ、たった一人だけ違った最後を選んだ人がいた。
五十代の南野(仮名)さんは胃癌のターミナル(終末期)だった。
数年前に胃の摘出術を行っていたのだが、 他の内蔵に転移してしまい口から栄養を取ることができなくなってしまった。
すでに手術や抗癌剤の治療の適応ではなかった。
次にこの人が入院してくる時は生きて自宅には帰れない、チャンスは今だと思った。
今HPNポンプを使えばもう一度家ですごす事ができる。
時間が無い、お互いに。
私達はパンフレットを渡し使用方法を説明、 やってもらった。
若い南野さんはすぐに使い方をマスターした。
六人部屋の角のベットにいた南野さん。
ポンプの使い方を説明する以外の会話で思いだすのは、“おはよう”と“おやすみ”だ
けだ。
だから彼の思いに気付かずに、“もういく” と走り書きを残した南野さんの意識の無い肉体があれから二ヶ月してふいに私達の目の前に現れ、こうして人工呼吸器につながれているのだと思った。
首に残った縄の跡を見つめていると一人のナースが泣きだした。
彼女はしゃくり上げながら言った。
「南野さん、前回ポンプ付けて退院する時に、 “次にここに来た時はもうお礼が言えへん状態になってるかもしれへんし今、お礼言っとくわ。ありがとな。”って言ってはった。」
別のナースが言った。 「あたしにも…。」
胃癌で自分の余命を知っていた南野さん。
医療が目ざましい進歩をとげる中で私達医療者は機械に頼るあまり大切な仕事をおろそかにしていたのかもしれない。
HPNポンプは、機械は患者の胸の奥にある不安や苦痛を発見しいやしてはくれない。
病気について告知される事が多くなった今、私達医療者に求められることが増えてレベルも上がった。
南野さんはせまり来る死と隣あわせの毎日に恐れ、不安、苦痛を感じていて、HPNポンプ導入時より“いつか自らの手で…”と考えていたのかもしれない。
自宅の二階で首を吊った南野さん。
今思えばそもそもHPNポンプを導入する時点で南野さんは本当に心の底から延命したいと思っていたのだろうかと思う。
私達がもっとアンテナをはりめぐらせていれば違う最後を送ったのではないかと思うのだ。
医療がどんどん進歩して私はそれに追いつこうと必死だ。
治療における選択肢が増えた。
でも実際はそれをほとんど知らずに医師の 個人的な治療感のままのプログラムの中で病院に来ている人が多いと感じている。
ほとんどの医師が全力で治療をうけてほしいと思い、そう患者につげる。
それを聞いた患者やその家族のほとんどが 全くその通りですと思い込んでいる様に思う。
それは違う。
“十人十色”、人は皆それぞれ育ってきた環境も性別も年齢も仕事も違うのだからそれぞれの治療法を選択しなければならないのだ。
そして私達医療者は治療における選択肢を 全てそろえて患者や家族に説明し、選んでもらえる様にしなければならない。
選ぶ為に私達はたくさん勉強していなければならないし、選んだ後はしっかり患者のみならずそれをとりまく人々をサポートしなくてはならない。
主役はあくまでも患者で、私達医療者はサポーターだ。
忘れないでほしい。
医療の主役はあなたです。
ところでこの南野さんの件で私が医療者として思った事がもう一つ。
機械に頼りすぎてはいけないということ。
頼りすぎれば私達特有の感性が衰え、患者の心理が見えなくなり苦痛は永遠にいやされないということだ。
だから私は時々南野さんの事を思いだす。
忘れてはいけない事。
忘れられない事。
南野さんの事。
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