昨年十一月九日、息子の通う高校から電話があり、息子が体育の持久走の後倒れ、今から救急車で病院に向かうとのこと。どちらかというと体力だけが自慢の我が子の突然の出来事に、貧血か熱射病か、いずれにしてもたいしたことではないと自分に言い聞かせながら病院に向かった。
そこで知らされたことは、一時心臓が停止し、心臓マッサージと電気ショックで再び動き出したものの、最悪の場合もありえるというものだった。
ICUで見た息子は人工呼吸器をつけてる以外、朝出かけて行った時と少しも変わっていなかった。あんなに元気だった子がこんなことになるなんて、悪い夢を見ているようだった。いつか家族の中に病人がでるとしても、それはもっと先のことであって、それも私か夫がであって、まさか我が子がこんなことになるなんて考えたこともなかった。私にできることは祈ることと息子の手をさすり続けることだけだった。長くなりそうだから身体を休めたほうがいいと分かっていても、家に帰る気はしなかった。ずっとそばにいて手をさすり続けたら、元どおりの息子が戻って来るような気がしていた。
そんな私に、看護婦さんがこの病院には「ふるさとの部屋」といって患者の家族が休むための一室があって、そこを使うよう勧めてくれた。広い部屋にソファーベッドと和室(押し入れには何組かの寝具)、お湯の出る流しもついている。横になれるだけでありがたいのに、誰にも見られず思い切り泣いて、その後、顔も洗うことができる。
家族が予断を許さない状態にある時、そばにいたいというのは誰しも同じだと思う。何ができるという訳でもないが、死の直前に、よく言われているように幽体離脱というものがあって、もし魂が上方から横たわる自分の姿を見下ろして、死に行く自分のそばに知っている人が一人もいなかったらどんなにか寂しいだろう。話すことはできなくても、聞くことができていたら、親しい人の声がしていたらどんなにか心強いだろう。そういう意味でも病院は家族を病室から遠ざけないでほしい。
幸いなことに大和市立病院は処置の間は病室の外に出るように言われたが、それ以外はずっとそばにいることを許可してくれた。当然のように思えるこのことが、まだあちこちの病院で許されていないことを耳にすると「どうして?」という疑問を抱く。伝染性の病気の場合はしかたがないにしても、家族がそばにいることが治療の妨げになるとは思えない。
先生はじめ看護婦さん達も「私たちも頑張るから、お母さんもしっかりしてね」とやさしく声をかけてくれて、意識のない息子に処置をするたびに「ちょっとごめんね。痛いかな」と、とても自然に話かけてくれた。少しでも変化があるとその症状について詳しく説明してくれた。こういうことのひとつひとつが、どれだけ私を救ってくれたことか。
息子は三〇時間後に元のままで戻って来てくれた。もし最悪の事態を迎えていたとしても、ずっと手をにぎりながら話かけることができ、その瞬間にそばにいれたということが、私のこころをすこしは楽にしてくれたと思う。
今日の医学の進歩には目を見張るものがある。しかし、どんなに進歩しても死を避けることはできないのだ。今までの医療は死との戦いのようで、死を迎えることは敗北と思っている医者が多いのではないだろうか。治る可能性の無い患者や高齢者への苦痛を伴う検査など。そろそろ「何が何でも治療する」という医療から「心地好い死を迎える」ための医療というのを考えてもよい時期ではないだろうか。
重い病にかかった人は、病気そのものの痛みだけでなく、「何か悪いことをしたのだろうか。」「なぜ私なのだろうか。」「なぜ今なのか。」という心の痛みにも苦しめられる。病気は自分に与えられた罰。健康は善で病気は悪。果たしてそうだろうか。
これは病院の何が何でも治療するという姿勢とも関係していると思う。自分の健康法を得々と述べる人もいるが、健康な人はその健康法のためだけでなく、遺伝子のためであったり、運であったりもするだけで特別に偉いわけでもない。それと同じく病気の人はその人の生き方が悪かったわけでもなく、どうしようもないことなのだ。どんなに健康な人もやがて老いて死んでいく。それならば病院での死を本人にとっても家族にとっても、もっとやすらかなものにしてほしい。死は残念で悲しいことではあるが、決して敗北ではないのだから。
病気は人生での道草と思いたい。どうせ道草をするのなら楽しい場所でしたい。あれもだめこれもだめという病院ではなく、いろいろなことができる場所になってほしい。苦しいのは嫌だから、治療しても改善がみられない時は、痛みだけを取り除いてほしい。
あと数日の命となった時には、安い料金または大部屋と同じ料金で個室に入ることができるようにしてほしい。好きなものが食べたい。気分の良いときは図書室やビデオルームに車椅子ででも行って、おもしろい映画を見て大声で笑いたい。そして最後の時が来たらこころゆくまで家族と話しをして、十分な別れを言いたい。
そのためにも患者の家族がすこしでも経済的な負担なく病人のそばにいられるように、ひとつでも多くの病院に「ふるさとの部屋」を用意してほしい。同じ場所で同じ時間を共有することが、患者と家族両方の心を落ち着かせることができるのだから。
病院で生まれて病院で死ぬのなら、いつか来たところに帰って行くような、病院全体が「ふるさと」のようなものであってほしい。
|