意思伝達装置 さとう 敏枝

 「意思伝達装置」・・・なんのことはない、パソコンのことである。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の私が使うと、このような'いかめしい'名称になる。
  発症から七年目。幸い呼吸の方にはまだ、きていないが、手足の機能はだいぶ、失われてしまった。本人のヤル気とは裏腹に、四肢麻痺ということで、近々、生命保険が全額下りるらしい。(まっ、保険会社も倒産の憂き目にあうご時世だから、はやく受け取るに、こしたことはないのかも知れないが・・・)
死んだも同然、ということなのだろう。
 主治医もそう・・・。先日の回診の時、(いつも元気だと、病院追い出されるかも?!)と考えた私は、「たまに、息苦しくなります。」と答えた。そしたら、主治医は「家族を交えて、"意思の確認"をしておきましょう。」
  "意思の確認"とは、呼吸困難に陥ったとき、人工呼吸器を付けるか、付けないか、死ぬか、寝たきり(だと、思っていた!)かを、選択しとけ、ということ。まだまだ、呼吸器なしで、現状維持のまま、ガンバル気でいる者にとっては、考えたくないことであり、むごい選択である。が、しかし、医師が勝手に呼吸器を付けたと言って、その介護の大変さから、問題になることも少なくない。だから、仕方のないことではあるのだが・・・。
 私は発症間もない頃、手足も動かないのに、何故、人工呼吸器を付けてまで、生きたいと思うのか、生きようとするのか、わからなかった。TVに、人工呼吸器を付けた患者が映るたび、怖くて、目を背けた。手足が動きにくくなっただけで、十分、惨めで悔しくて、情けない思いをしているというのに、これ以上、「生き恥」をさらすことはない、とまで思っていた。桜の花のように、パッと散りたいと・・・。
  だが、今は違う。人工呼吸器を付けて生きる。「私」は「私」のままなのである。手足が動かないだけ、息が苦しいから人工呼吸器を付けるだけ。寝たきりがイヤなら、起こしてもらえばよいのだ。死んでしまったら、もう、おしまいだもの・・・最後まで生き抜いてやる! こんな風に思えるようになったのも、ひとつには、坂爪先生との出会いがあった。 「意思伝達装置」との出会いは、坂爪先生との出会いでもあった。坂爪先生は、いつのまにか、私の価値観を変えていた・・・。
  最初、私は坂爪先生に反抗的であった。動けなければ動かないでいればよい、喋れなければ黙っていればよい。TV・ビデオを見たり、CDを聴いたりして、"全て受け身"でいればよいと思っていたからである。 「このボタンは押せますね。カーソルの方が動きますので、選びたい文字の上に来たら押してください。」  パソコンは初めてではなかったが、なかなか、うまくタイミングが合わせられなかった。 「う〜ん。では、"トラックボール"を足でやってみましょうか。」
(えっ?!あし?!・・・いやだ・・・。)
私は泣きたくなった。ふだん、病気を受け入れて、前向きに生活しているようにみえても、"障害"という現実を目の当たりにすると、脆い。出来る限り、"普通"に拘っていたのだ。 「先生、私はまだ、ペンを握って文字を書けます。子供たちには、少しでも多く"私の字"を残しておきたい、とさえ思っているのに、足で操作するくらいなら、パソコンなんて使いません。」
 しかも、パソコンに無知な私は、PHSでインターネットが出来るとは、夢にも思わなかったから、(まさか病室に電話線を引いてインターネットが出来るわけじゃあるまいし・・・、"文字盤"で十分じゃないの?)と思っていたのだ。
 だが、坂爪先生は私の希望を、ひとつひとつ叶えてくれ、入力は"クリックパレット"を使い、インターネット接続もPHSで簡単にやってのけた。メールのやりとりが出来るようになったのは、大きな喜びであり、励みとなっている。自筆の手紙もいいが、いちいち、切手を貼って投函してだの、受け取った手紙を開封してだのと、誰かに頼まなくともよくなった。ひとりでやれるのは、すばらしいことなのである。
 そして、ある日、TVドラマのなかで、入院中チャットをやっている場面を見て、「私もやりたい!」・・・早速、坂爪先生がやれるようにしてくれた。その日から私は、チャットにハマってしまったのだが、困ったのは、電話代、である。月々、5万円以上にもなるのを、心配してくださった坂爪先生は、病院側を説得し、ナント!病室に電話線を引いてしまったのである。今では思う存分チャットを楽しみ、HPを眺め、ケーキやアイスクリームを注文したり、こうして、作品を応募したり・・・。もし、入賞して賞金を手にしたなら、"株"を始めたいと秘かに考えている。坂爪先生を巻き添えにして・・・(一人でやるのはおっかないから)。
 初めて私の部屋を訪れる人は、「すごいっ!パソコンがある」と驚く。私は「いやぁー、宝の持ち腐れでして・・・。」と答えるがもちろん、謙遜である。 「これだけ、パソコンを使いこなせば、十分ですよ。」 坂爪先生のお墨付きである。
 動けない、喋れない、だからこそ、訴えたいことがたくさん出てくるのである。もう、私は足でやるのはいやだ、とは言わない!それどころか、手も足もダメになったら、脳波を読み取って入力したいとさえ、思っている。 テレビ朝日の某キャスターは「気持ち悪い」とおっしゃっていたが・・・。(以来、ニュースステーションは見ない)
 チャットをするのも、アイスクリームを注文するのも、作品を応募するのも、私にとっては大事な"社交の場所"だから・・・。(待てよ、HPを開く、というテもあるかな)
 「五体不満足」の乙武氏は、"感動はいらない、参考にしてくれ"と書いていた。だが、「気が付けば五体不満足」の私は、私の生き方など、参考になりっこないので、感動してもらえたらいいな、と思っているのである。そして、図々しいことに、こうして生きているだけで、誰かを救えたらいいな、と大それたことまで、考えるようになった、今日このごろ・・・である。
 朝7時。「おはよーございマース!お茶デース!」と看護助手さんの元気な声・・・。「今日、天気悪いから明日洗濯すっぺと思ってたら、やられでしまったァ」・・・ "お茶車"のまわりで、ひとしきり、付き添いさん達のはなしの花が咲く。
 何気ない日常が、そこに、ある。
 私の一日が、始まる・・・。