あれは五年前の二月のことである。
午後九時を廻った頃、東京のとあるカウンセリングルームの電話が鳴った。電話をかけてきたのは神戸の看護婦さん、あの阪神淡路大震災後の混乱のさなかである。
「私は神戸の病院に勤務する看護婦です。毎日被災者のお世話をしていますが、実は私自身も被災者です。昼間は緊張していて自分のことなど考える余裕もありません……今ここで泣いてもいいですか?」
その女性は何を求めるわけでもなく、しばらくの間、寒空の電話ボックスの中でひとり大きな声を上げて泣いた。やがて自分の気持ちを鎮めるように泣くのをやめ、「ありがとうございました」の一言だけを残し、受話器を置いたのであった。
次の日病院でこの看護婦さんに出逢った患者さんは幸福であったろう。彼女ならきっと人の負ういわれなき傷や悲しみを深く受け取ってくれたに違いない。
震災当時の混乱状況の中で、被災者の方々のために自分たちも出来るだけのことをしたいと職場に働きかけて、今あるカウンセリングルームを何とか無料開放にした。冒頭のエピソードはそのときのものである。その頃リーダーになっていたカウンセラーの先生が私に小さくつぶやいた言葉を忘れられない。「今回ばかりは、本当は何をしていいか俺だって分からない」百戦錬磨のベテランをして言わしめた言葉である。
阪神大震災のあの出来事は、人間の非力さと、人を助けるということがどれほどの覚悟がいるかということを厳しい現実を通して教えてくれた。
そしてもうひとつ、あの看護婦さんの生き方も。「悩みがあったら相談してください」と簡単に言う人もいるけれど、現実はそんな甘いものではない。本物の苦しみや悲しみに打ちひしがれる人を前にして、「悩みを打ち明けて共感すれば癒される」、という単純な理屈は通用しない。
あの看護婦さんもその状況にあった。あの時彼女は何も相談もせず、ただただ思いの丈ほどの涙を滝のように流したに違いない。きっと言葉に出来ないほどのつらさと自分自身の看護婦という職業的使命感の狭間で、愚痴も言わずに必死に一日一日闘っていたに違いない。ぼろぼろになりながら……。
ヘンリー・ナウエンが「傷ついた癒し人」と呼んだのはまさにこのような人のことだ。彼の言うように、癒し手自らも傷を受ける生身の人間であるという事実を受け入れなくてはならず、癒しを求める人間に向かい高いところから接してはならない。むしろ、癒し手が自分自身、傷を負うことではじめて相手の傷みに近づくことが出来、真の癒しの力を帯びることが可能になるのである。
ところが私たちが理想とする医療にかかわる人のイメージは、命を預かる「立派な聖職者」である。そのイメージゆえにありきたりな「人間性」や「倫理性」を勝手に被せてしまっている。それは「傷ついた癒し人」のイメージには遠い。
医療にかかわる人の態度として、高潔にそして清らかでありたいという願望を果たそうと生きることも、それをウェットだと揶揄して医療を科学として冷徹に治療成果を追求する姿勢も、それらは一見対極にありながら根っこは同じではないだろうかとさえ思う。ともに共通することは自分自身が生身の人間で、喜んだり悲しんだり、うまくいったりうまくいかなかったりしている現実を忘れ、人を癒す満足感と引き換えに無意識に自らの傷を忘れる救いの機会をもち得ているということだ。
医療にかかわる人々も「人間」である以上、自分自身傷を受けて生きている。その傷を通して見える自分自身の弱さにこそ目を向けることが必要だと思う。同時に、自分がなぜ医療の仕事を選んだか、あるいは選ばなければならなかったのか、そして今ここで自分自身の人生とどう向き合っているか、そうした個人的な「根拠」を常に心の中で自己吟味してほしいと願う。このことにおいて自らの内にある強さ弱さに対する内面的洞察ができれば、他人の痛みへの触れ方も変わってくるだろう。
心の痛みは人の目には見えにくい。まして治りたいと思っても、癒す側の「治してあげたい」という気持ちとなかなかかみ合わないこともある。「自分のつらさは誰にも分かる訳がない」という言い分こそが患者がわが身を守る大切な盾になっているときがあるからだ。それゆえに一方的に「治そう」とする人の強さの中にある「冷たさ」に患者は身構えてしまうことすらある。患者は治りたいと思っているのであって、治して貰いたいと必ずしも思っているわけではない。
人間はそもそも不完全である。問題はその不完全さを直視して、畏れをもって人と向き合うことが出来るかにかかっている。
不完全な人間である治療者が、より切実な問題を抱え対応を迫られているもう一方の不完全な人間である患者を癒そうとしている、この事実に素直であっていいのではないだろうか。これこそが人間どうしの自然な姿であり、それは健全でありまた真実でもある。不完全であることを敢えてあからさまにする必要もないが、臆することもない。恥でもなければ、相手に不安を与えるということでもない。不完全であることを認め合って新たな信頼関係を生み出すような関係に踏み出そうではないか。
自分自身の渇きと傷を認め、へりくだって患者と接する、そういう医療にかかわる人たち自身の「内面」と「自己体験」の重さに目を向けることで心の医療の多くの問題が解決するのではないだろうか。
無論、医療の世界の現実的な忙しさを無視することはできない。しかしその中でこそ自らの弱さを肯(うけが)い、目の前にいる相手の弱さを肯(うけが)い、苦しむ者と「ともに生きる」という覚悟と、その痛みへの洞察力が今問われている気がしてならない。
これから心の医療を考えたときに問題になるのは、医療技術の発展の問題もさることながら、癒し手となる人間自らの問題であると私には思えてならない。
今私たちは、産業革命にも匹敵するといわれるほどの大きな変化の時代に身を晒している。産業の世界も個人の生活の世界もひじょうにストレスフルな環境にある。そうした状況の中で、私たちは人に傷つけられ、人を傷つけながら生き、そしてまた癒しながら癒されて生きている。
病気であっても健康であってもこの変化の時代を生きる私たちにとって最も大切なことは自分自身の傷や弱さに向き合って生きることに違いない。この課題は医療にかかわる人だけの問題ではない。これから先いつ誰がどんな役回りをするかわからないからだ。
最初に登場した神戸の看護婦さんも自分の弱さと闘いながら生きている人だ。自分自身の傷を思い知ることで、人に対する「畏怖」と人の持つ「ぬくもり」を身に沁みて感じたに違いない。傷を負いながら遮二無二生きることで「ぬくもり」と本物の「癒し」を人に分け与えている人、そういう人に心の医療の未来を託そうではないか。
他にもきっといることを信じよう。あの神戸の看護婦さんのような人が……。
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