"まさか、こんなにハマるとは思わなかった"
それが私のネットに対する感想だ。
先年の秋だった。軽い気持ちで始めたチャット。バイトから帰ってきて、疲れて、ただ気分転換のために始めたのだ。すぐに辞めるつもりで。
しかし、日常にはありえない現実がネット上にはあるということに特異性を見いだし、序々に、私の生活にネットが入り込んで来てしまった。非日常の中にある日常。そんな不思議な世界に魅了されてしまったのだ。
そう、分かりやすく例えるならば、電車に乗り合わせた全く知らない人と、誰かれ構わず適当に雑談するという感覚である。途中の駅で乗って来た人と話し、目的の駅が来たら、「またねー」といって、降りて(落ちて)いく。自分も目的の駅が来たら、話の途中であっても、切り上げて終わらせる。また再び復帰した時には、話の輪の中に、気軽に入っていける、受け入れてくれる。そうして、不特定多数のいろんな人との交流を楽しむのだ。
当に、現実ではありえない事である。
街を歩いていると、その特異さを痛感する。普段、沢山の人と、すれ違いながら何も話さず、関わり合いにならないのがあたりまえなのに、ネットになると、ごろっと情況は一変する。見ず知らずの人に、知らない事を聞いても、すぐ教えてくれるし、欲しい情報はすぐ教えてくれる。時には、見ず知らずの私に丁寧な解説メールをくれることもある。知らない人同士なのに、互いに親切にできるのだ。
不思議な感覚だ。そんな世界だから、幸か不幸かのめりこんでしまうのだ。
もちろん危険もはらんでいる。ネット犯罪が横行しているのは、よくニュースで聞くが、当然起こるだろう。それだけネット人口が増えているのだから。関わる人が多ければ、犯罪が多くなるのは不思議ではない。
しかし、そんな危険は、回避できることが多い。危ないサイトに出入りしない、金銭の授受はなるべくしないなど、ネットのルールを守っていれば、安全でいられる。たまに、不可避な被害を被ることもあるだろうが、それは、現実社会でも同じことだろう。
危険人物。ネット上で見分けることは、案外容易い。もちろん、勘に頼りすぎることは、危険だが、しかし、分かるものなのだ。嘘はすぐ露見するし、発言から、その危険性を察することは、出来る。
これも、実生活と同じなのだ。
様々なトラブルも多いが、救いの手も多い。ネット上と言えども、人間関係の賜、悪い人もいれば、いい人もいることを知る。そんな中で痛感するのが、人と人とのつながりだ。文字だけの世界で、分かることは、少ないだろうと思われがちだが、なぜか、チャットという代物は、その人間性を曝け出す。キャラクターの違いをはっきりと見ることができる。もちろん、行き違いや、すれ違い、思い違い、誤解が生じやすいが、皆、それらを解こうと努力する。時には議論になったりするが、必ず解決する時が来る。
ここで思いだして欲しいのは、学生時代の人間関係だ。同じ人と何度か喧嘩をしたり、互いの主張をぶつからせて、しばらくしたら仲直りをする。親しい時もあれば、しばらく話さない時もあり、嫌な奴だなと思いながらも、気が付くと、数年に及ぶ付き合いになっている。その頃には、互いのことを分かっていて、よほどの境遇や人格の変化が無い限り、十数年、数十年の付き合いになっていく。いわゆる、幼なじみとなっていくのだ。
ごたごたしていた、苦しかったけど、今となっては、思い出のかつての懐かしい日々。そして、付かず離れずのいい距離を保つことを学ぶ。
あれなのだ。全く同じものが蘇るのだ。仕事の人間関係とは違う、家族の結びつきとも当然違う、また、強固な別の関係が生まれるのだ。
当然、ある程度親しくなってくると、会うなりゆきになってくる。電話で話して、実際会って、そして、その人と人とのつながりを再確認し、より、強い絆が生まれるのだ。そうなれば、ネット友達ではなくなる。すでに、大切な友人になっているのだ。
「出会いに感謝」そんな言葉が頭をよぎる。
実際会って以降は、頻繁に電話で話すようになる。
今までならば、全く考えられなかった出会い方だ。そこで、時代の流れを痛感することとなる。「ああ、こういった『人』との出会い方もあるのだな」と。
初めての経験に、いい歳した大人たちが戸惑いながら、直面するのだ。まるで、子供の頃に戻ったみたいに。
なぜ、そのような現象が起こるのか。
多分、大人になって、何事にも関与しない離れた希薄な人間関係に慣れてしまっていたからだと思う。本当の意味で、親しく付き合うことを忘れてしまっていたからだろう。
私は、ネットを仕事で使ったことはないけれど、多分、人脈が広がるという点は、同じだと思う。
最初は誰でも、ネットの特異性から、実生活とは別物と考えがちだが、しばらくして慣れてくると、その二つは全く同じものだということに気付いてくる。
仕事に使うにしろ、副業に使うにしろ、私のように私的に使うにしろ、どのようにネットを使っても、人脈の広がりを体験するはずであり、ネットの特性と共に、あまり構えることなく、ありのままを受け入れて、それを楽しめばいいのである。それが時代の流れなのだから。
これから、ネット人口は、益々増えるだろう。そして、ネットが当たり前の時代が来たとき、ネットに関わる人は、皆、ネットの中も現実生活の延長線上であり、居場所が増えるだけなのであるということに気付くはずである。巧く、自分の生活の中に取り入れて、人とのつながり、関わりを大切にすることが、ネット時代を上手く渡っていくコツだということに気付くだろう。
そうして、一人また一人と昔懐かしい、落ち着くことができ、普段の喧騒から、身を守ることのできる居場所を見付け、心を和ませてほしいと思う。
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