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第12回GE横河メディカル・Essay大賞 エジソン賞受賞作品

「脳死、臓器の言い分」
脳死を認めますか~私の結論、家族の結論

五十嵐 寛(会社員)

 

 鈍い音がして、腎臓は眠りから目を覚ました。何かが激しく当たったようだが、皮膚から深いところにいる腎臓には、何が起こったかは分からない。暗闇の中で腎臓が囁く。
 「おい、おい肝臓、起きやがれ肝臓よ」
 夜の一時を回った時分だ。
 「むうう、腎臓じゃねえか。こんな時間に一体何でえ」
 「今の衝撃を感じなかったのか。オイラなんか小便ちびりそうになっちまったよ」
 「お前はいつも小便貯めすぎだぜ、腎の字よ」
 「肝臓、お前はやっぱり肝っ魂が座ってるよ」
 「そういやあ、例の話にはさすがの俺も肝をつぶしたぜ、お前は聞いたかい」
 「穏やかじゃねえな、例の話とは何のこった」
 そこで肝臓は、「耳」と「目」から聞いた話を腎臓に聞かせた。最近、「脳」の指示で「右手」がドナーカードにサインをしたという。
 「そのドナー何とかってのは一体なんでえ」
 腎臓が聞き返す。
 「何でもそれにサインしておくと、脳のお頭が死んじまった後、俺たち臓器は他人の腹ん中に移植されちまうってものらしい。腎臓、お前なんか心臓さんが止まった後でも移植されちまうって聞いたぜ」
 「そんな、そんなことってあるのかい」
 「間違ねぇ、右手の野郎をとっつかまえて確認したら、提供してもいいって丸を付けた中に、俺もお前も入ってるっていうじゃねぇか」
 肝臓が身震いしてそう言うと、腎臓もパンパンに膨れて叫んだ。
 「冗談じゃねえぜ、他人の体ん中入って生きてくなんざ、まっぴら御免よ」
 「そうともよ、肩身の狭い思いをするくれえなら土に還ったほうがよっぽどマシだぜ」
 「よし肝臓、今からお頭を叩き起こしてそのカードってのを捨てちまうよう談判しようじゃねえか」
 「そうこなくっちゃ。善は急げだ、すぐ神経を使いに出そう」
 その時、肝臓と腎臓の頭上から図太い声が響いた。
 「まぁ待ちなせえ、お前さんたち」
 「あっ、心臓さん」
 この体の中で、脳に次ぐ実力者の心臓だ。
 「悪いとは思ったが、すべて聞かせてもらったぜ」
 「心臓さん、お前さんも一緒にお頭に談判してくれなさるので」
 「それにはもう少し、お前たちの話を聞いてからじゃねえとな。そんなに人様の腹に収まるのが嫌かい、え肝臓よ」
 「あったり前でさあ、薄気味悪いのなんの。血まみれの俺が医者に取り出されて空気に触れて、またどこの馬の骨か分からねえ病人の腹に突っ込まれるなんて、考えただけでもぞっとすらあ」
 「なるほど。そういやこの家の子供らも気持ち悪いと言って反対していたようだぜ」
 「それだけじゃねえ。移植なんかされたら行った先で村八分にされるのがオチさ。だって考えてもみなせえ、この体にどこのどいつのものか分からねえ肺だの何だのが入ってきたら、やっぱり拒絶したくならねえかい、心臓さんよ」
 「俺はちっとも構わねえけどな」
 「さすが心臓さん、心がひれぇや」
 腎臓が感心する。肝臓は面白くない。
 「心臓さんはいつだってマイペースだからよ」
 「で、腎臓はどうでえ、やっぱり移植は行くのも迎えるのも反対けえ」
 「反対も反対、大反対でさあ。大体臓器移植なんざ、神様がお許しになる訳がねえ。移植を受けねえと死んじまうんならそれは寿命ってもんだ。命を無理に延ばすなんざ人間のしていいことじゃねえ。分を超してらあ」
 「ふうむ、それはここの奥さんと同じ言い分だ、面白れえ」
 「面白がっちゃいけねぇよ、心臓さん」
 肝臓はすっかり硬化している。
 「お頭の野郎は何だって、家族が皆反対なのにサインを決めちまったんだ」
 腎臓が足元の石を蹴っ飛ばす。いつもならそれをやると脳はひどく痛がり、腎臓をきつく叱るのだが、今度はお咎めなしである。
 「お頭はなあ肝臓、お前と同じことを言う子供らにこう言ってたぜ。気分的に嫌なものはしょうがない。だけどそれは健康な人の勝手な言い分で、病気で苦しんでいる人は気味が悪いなどとは言わないだろう、ってな」
 舌打ちする肝臓を腎臓が笑う。
 「腎臓、お前と同じように人間の分を超えてるという奥さんにお頭はな、こう言っていた。透析も輸血も、注射だって薬局で売っている風邪薬だって、人間が病と闘うために生み出した科学だ。その意味では移植もなんら変わるところがない、とな。お前はどう思う、え、腎臓よ」
 「そう言われれば確かにそうだな。病気を運命として受け入れて治療を全て否定しなけりゃあ、移植の反対も筋が通らなくなる」
 心臓が強く頷く。腎臓はしかし、まだ釈然としない。
 「でもよ心臓さん、目と耳から聞いたんだが、臓器提供してもいいという患者は、十分な治療をしてもらえないうちに脳死と判定されちまうってこともあるそうじゃねぇか」
 そうだそうだと肝臓も加勢する。
 「その心配は確かにあるだろう。が、お頭はこうも言っていた。移植のために死が早まるようなことは、勿論あってはならない。しかし、それを恐れてドナーが増えなければ移植の歴史は続かない。近い将来、もっと脳死判定に明確な基準ができたり、医療の側を監視する体制が確立されるだろう。それまでの間は、純粋に人の役に立ちたいという提供者の心を、医者が真摯に受け止めてくれることを信じるのみだ、とな」
 「お頭はそこまで医者を信用しているのか」
 腎臓も肝臓もこれには驚きを隠せない。
 「それだけじゃねぇ。万が一、自分がまだ助かるのに判定違いで臓器を取り出されても、きっとその間違いは移植医療の反省として役立つだろう。それはそれで後続のドナーを守る意味でも、価値があるんじゃないか、ってな。そんなことも言ってたぜ」
 「しかし、まさかお頭は、すすんで脳死判定の実験台になるつもりじゃあるめえ。心臓さん、何でまたお頭はサインを決めたんで」
 「うむ。お頭はな、自分で自分の死を決めたい、というのだ。死はこれまで医者が決めていた。それが、最近では脳死を死とするかどうか、自分で決めることができるようになった。つまり、脳死になったら臓器を提供するという意思表示をしておけば、脳死が自分の死だと決めたことになる。それは嫌だ、臓器は死んでも提供しないという意志を表しておけば、心臓死を選ぶことになる。とまぁ、ここへ来て初めて脳死か心臓死のどちらかを選ぶ権利が与えられたって訳だ。お頭は、それを画期的だというんだなあ」
 「自分で自分の死を決める、か」
 肝臓が呟く。
 「そうだ。折角選べるのなら、選択肢を無駄にせず、人の役に立つ方を選びたいんだと、お頭は俺に言ったよ」
 「で、心臓さんは何て答えたんだい」
 「俺は、お頭が死んでも、人様を生かすために移植されたいって言ったさ」
 「さすが心臓さん、あったけえ血が流れてるよ、なあ腎臓」
 腎臓の返事がない。
 「何だ、寝ちまったのか腎臓。そういやオイラも何だか気が遠くなってきやがった、変だなあ・・・」
 心臓は静かに、しかし力強く鼓動を続けた。心臓は知っていたのだ。先ほどの事故で脳がすでに止まっていることを。そしてもうじき、自分が検査をパスし移植のために取り出されるということを。


 

●受賞の言葉
 エジソン賞受賞の知らせを聞いて、正直言って驚きました。私が書いたものはエッセイとも、もちろん小説とも呼んでもらえそうにない、文字のマンガのようなものだったからです。伝えたいことは一行程度。これを誰かに面白く読んでもらいたいと思ったら、全体的にふざけた感じになってしまいました。しかし医療機器メーカーという立派な(固そうな)会社がよくぞ選んでくれました。嬉しさは募る一方です。どうもありがとうございました。

●筆者プロフィール
 五十嵐 寛(いがらし・ひろし)
 一九六九年 生まれ
 一九九四年 神奈川大学卒業
 一九九四年 都内の広報代理店に入社
 現在に至る


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