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第12回GE横河メディカル・Essay大賞 エジソン賞受賞作品

男が二人、奥さんはいない
夫が変わる、妻も変わる~これからの夫婦像

根本 騎兄(会社員)

 

 「この家には男が二人いて、奥さんはいないのよ」
 二年前に離婚した元妻は、散らかった居間や寝室を眺めながら、諦めたような口調でよくこんな言い方をした。ともに深夜まで残業が続き、家には眠りに帰るだけの日々。家事は「早く帰った方がやればいい」といった程度に考えていたから、どちらも積極的にはやらず、家の中は荒れ放題になっていた。
 元妻が自分を「男」と表現したのには、仕事に追われ、家事を十分にできない夫への負い目がほの見えている。しかし元妻は、
 (私が頑張って、仕事も家事もやろう)
 とは考えなかった。むしろ相対的に私を「女」にすること、すなわち炊事・洗濯・掃除を手際よくこなす技能を向上させることで、事態を好転させようとしたのである。
 結婚から二年ほどを過ごし、家事分担のことで言い争いが増えたころ、元妻は突然はりきって、「教育」と称して私に料理の手伝いをさせ、掃除の仕方を教えるようになった。
 私は高校時代に寮生活の経験もあり、洗濯や掃除は別段苦痛ではない。結婚当初は、むしろ進んでやってきた。しかし炊事だけは経験がなく、明太子をほぐしたり、ポテトサラダを混ぜるような作業しかできなかった。それでも私は、教えられるままに台所仕事もやったし、それについて何の不満もなかった。
 夫が「奥さん」的な能力を向上させ、妻だけが「仕事も家事も」と割りを食うのではなく、平等に負担を分けあう「あるべき夫婦」のかたち。私たちの頭の中には漠然とそんな理想像があったし、私自身、結婚する前からそれを元妻に語ってきた。しかし夫婦の崩壊は、じつはこの「平等」を真剣に追求し始めたときから起こったのである。
 たとえば夕食のとき、作るのを少し手伝って、後片づけも手伝ったとする。私は料理ができないから、それで同等に炊事を分担したつもりでいる。しかし元妻は、「作るのは私がやったんだから、片づけは全部あなたがすべきだ」という。
 早く帰る日が続いたとき、疲れがさほどでもない日は、私は少しずつ掃除をした。だが元妻は遅れて帰ってくると、「あなたの方が早い日は、少しはきれいにしておいてほしい」という。元妻にとっては、部屋全体がきれいになることが掃除であり、部分的に片づけることは仕事をしたうちにならないとのことであった。
 こうしたすれ違いが続くうちに、私は元妻に「アゴで使われている」といった気持ちになり、家事に対する積極的な気持ちを失っていった。元妻は元妻で、「家のことを何一つまともにしない夫」として、私に失望感を抱きはじめたようであった。
 夫と妻が「平等」であること。この考え方に、じつは重大な陥穽があることに気づいたのは、結婚五年目にして別居し、しばらくしてからのことである。
 たとえば格闘技の試合において、一進一退の展開で試合終了になれば、ジャッジ(審判)の判定が必要である。闘った選手同士で決めさせれば、互いに「俺の勝ちだ」といって譲らないだろう。夫婦の葛藤は、まさに選手がジャッジを兼ねるの愚を犯した試合である。相互が自分の立場から見た「平等」を主張して対峙すれば、第三者の判断が介在しない限り、客観的な「平等」など決めようもない。夫婦が自分たちだけで「平等」に行きつくことなど、本質的にはありえないのである。
 もちろん、夫と妻がともに仕事を持ち、家事も子育ても分業して平穏に暮らす夫婦が少なくないことを私は知っている。しかし、一見「平等」と呼んでよさそうなその関係は、じつは別の価値によって大きく包み込まれている。愛情・信頼・譲歩・寛容・忍耐・献身……。それらは人間の感情に属する問題であり、夫と妻の権利や義務や責任がせめぎあう論理の境界を、うやむやにかき消してしまう濃霧である。「平等」のあり方を細部にわたって議論し、明確な定義の上で成り立つ夫婦生活など、おそらく絶無に近いだろう。
 男女平等が高らかに謌われ、国を挙げて社会制度や法の整備がさかんな現代日本で、「夫婦の平等」は大前提のように言われている。しかし第三者の判断なき「平等」が画餅に過ぎない以上、夫婦の問題を社会における男女平等と同列に論じることに、私は賛成できない。猿マネの平等論に毒された人間が、夫婦間でそれを振りかざして衝突した場合にどうなるかは、冒頭の私の実例が明らかにする通りである。
 愛情・信頼・譲歩・寛容・忍耐・献身……。夫婦が平等であろうとすれば、こうした人間の心の「美徳」を媒介とする他はないのである。ただしそれで円滑に見える夫婦関係が、第三者から見ても「平等」かどうかはわからない。あくまでその夫婦にとっての「平等」でしかないだろうが、夫婦の幸せにはそれで十分なのだと思う。
 夫として、妻としての心の「美徳」を手に入れること。それにしても、この「美徳」に挙げた徳目の、何と古くさいことであろう。これでは、かつての日本でいわれてきた「家庭道徳」そのものである。しかし、夫婦の心が「美徳」に満たされた場合にしか「平等」は成立しないのだから、そうした精神の涵養こそがむしろ大前提である。
 今にして、私は思う。私たちは「平等」を追求する以前に、夫として、妻として、相手に何ができるかを考えるべきであった。仕事も家事も平等にやるということは、夫であり妻であるという区別までも放棄することではなかったのである。
 現代では夫婦の平等が強調されるあまり、夫が妻の役割を担い、妻が夫の役割を担って結婚生活を送るのが美しいことのようにいわれている。しかし、男と女として結びついた二人が、性差をかき消して共同生活者となるようなあり方のなかでは、夫婦関係を円満にする美しい感情など育てようもないだろう。
 一九九八年の厚生省「人口動態調査」によれば、同年の離婚件数は二四万三一〇二組となり、私が離婚した九七年から九・二%の増加だという。残念ながら、離婚件数はこれからも増加していくだろう。なぜならば、これからも私が経験したような「男が二人いて、奥さんがいない」家庭は、増える一方だと考えられるからだ。 「夫婦の平等」をお題目のように崇める考え方を改め、「夫」と「妻」の区別を前提として心の「美徳」を育てていく姿勢が一般化しない限り、夫婦という単位は崩壊に向かう他はない。
 「夫」「妻」といった言葉は死語同然となり、男女の違いにさえ無頓着な共同生活者二人が、「婚姻届」「離婚届」だけを根拠にくっついたり離れたりする―――「夫婦」は、そんな摩訶不思議な共同体の、たんなる“名称”として形骸化してしまうに違いない。現実に、そのような流れはもう始まっているのである。


 

●受賞の言葉
 どうしても書いておきたかった作品でした。私が苦しんだあの日々とは何だったのか、どこに本質的な問題があったのかを素朴な視点で問い直し、自分なりの言葉で整理しておきたかったのです。行文思索のつたない私の作品を評価してくださった渡辺淳一先生はじめ審査員の皆様に、心より厚く御礼を申し上げます。なお、今年の春、私は再び結婚いたしました。本作品の教訓に学び、妻と上手に心の美徳を育んでいきたいと思っております。

●筆者プロフィール
 根本 騎兄(ねもと・きよし)
 一九六七年生まれ。茨城県取手市出身。
 早稲田大学第一文学部を卒業後、出版社に勤務。
 八年間の雑誌編集を経て、現在、文庫本編集担当。


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